『m.u.』秩鉄とじょ←武蔵野鉄道(西池)
とじょに西武池袋って呼ばれたかったのに呼んでくれなかった事に、逆恨みして秩鉄しか目に入っていないとじょをどうにかしようとした。それは失敗に終わり、寧ろ怒らせてしまった。構ってちゃんじゃなくて、ただ純粋に現状に疲弊しきって〝世、嘆き疲れた〟
視界に自分しか入らないように再び画策し壊そうとするが、愛した人を壊すなんて出来ず(関係なんてとっくに破綻しているし)、軽く自暴自棄になって、とじょとの関係を取り戻したいのか思案する。実際のところどんな形であれとじょが幸せなら良いじゃないか。今の自分は正反対じゃないか。そう気づいて自己嫌悪。
そんな最中、秩鉄と繋がることになった西池。またとじょを傷つけると知ったが、仕事だしと合理化。でも、罪悪感を感じてしまって、それを綺麗さっぱり拭いきれなくてもだもだ。
こんな状態でも規則正しくやってくる日にさえ苛つく。必然なのに生きていることにも。走ること以外の存在意義は何なんだ。
なんでも『ふたり』がたのしくて愛しかった過去を懐かしんで、よく聴いた歌を口ずさみながら業務をやり過ごす。すると、気分が晴れてきて秩鉄ととじょの関係も徐々に受け入れることがで切るようになった。〝これで願いは叶った〟
と同時に、自分の中の羅針盤も全て前向きになり、不安定ながらも存在意義も見つかった。やっと武蔵野鉄道と呼ばれてた過去、とじょとの過去から踏ん切りをつけることができた。
そこで初めて、過去にどれだけ自分が執着していたか。周りには信用できる人が居たのに孤立無援を装って耳を塞いでいた〝無い(と思いこんでいた)ものに嗚咽した〟
やっと普通に戻っていくわけだが、当たり前の事が出来て一々誉めてくれる人なんて居るはずがなくて、今まで自分が振りまいた事(何を言ったって通じやしない)がブーメラン方式で自分に返ってきて、自分を取り戻しても腹を割って話せる人は居なかった。居たとしても、上辺だけだったり事務的だったりで結局1人。
やっぱり懐古の情に煽られて過去に思い耽ると、親しい人(とじょ然り、同僚然り)と一緒にいて笑っている自分がいた。現実に帰ると、見えなかった居場所があって、自分がもう一回始まるための場所があることに気づけた。〝これが世界の再生〟なんだと思い知る。
もう現実に思い出を投影しないと誓ったその瞬間、対立していた自分が消え、脱線し続けて非日常だった日々は日常に戻った。