こんばんは。
今日は、雨の中、母を倉敷のリハビリ病院まで
送迎しまして、今は家に戻り、
病院の帰り、イオン倉敷で求めた、
シナモン・カルダモンティーをカップにいっぱいに
注ぎ、カナダのお土産のチョコパイとともに味わいながら、
ほ~っとしております。
午前中、精神世界友と、幸せについて語りました。
彼女は、幸せとは、
悩み苦しみを乗り越えて、自分が成長したなと思うとき
幸せと感じると言っていました。
別の人は、悪いことがないこと、と言っていました。
誰しも、つらいとき、苦しいときがないのかいいに決まっていますけど、
長い人生、試練と思うときもあります。
ですから、私は、その合間の平穏な日が幸せじゃないかなと思っています。
年と共に、幸せのレベルはどんどん下がってきて、
本当に小さな事を幸せと感じるようになりました。
ゆっくりお茶飲めて幸せだなあ、とか。
水道から水が出て幸せだなあとか。笑
当たり前のことが、すごく幸せだなあと思えます。
大当たり的な幸せは期待していませんが、
小さい幸せなら、限りなくたくさん感じています。
ところで、
若者の幸せ=LOVE。
GLAYのHOWEVERの歌詞ですが、
「恋した日の胸騒ぎを 何気ない週末を
幼さの残るその声を 気の強いまなざしを
あなたを彩る全てを抱きしめて
ゆっくりと歩き出す
柔らかな風が吹く この場所で」
愛してる、幸せだ、とか、ひと言も歌詞にありませんが、
本当に幸せなんだなあ~って、
若者の幸せを感じられる、
実にいい歌詞です。
幸せ・・・
TAKUROの歌を聴き、
YOSHIKIのツイートを見ているとき、
彼らのことを考え、
彼らの歌を歌う心の余裕があるとき、
、
私は幸せな時を過ごしているといえます。
私は、前出の友と比べて、
なんと、この世的な生き物でしょうか。
