http://www.no-gmo.org/news/93/1.htm
自然とともに、いのちを守り育むために
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GMOフリーゾーン(遺伝子組み換え作物栽培拒否)宣言運動第1回全国集会は、この運動の拡がりを予感させる参加者の熱意が溢れた集会になりました。
シュマイザーさんの「私たちはもう手遅れだ。しかし日本の皆さんはまだ間に合う」という心を込めた発信に対して、私たちが今できる行動の選択肢の中で、GMOフリーゾーン宣言運動は有効な方法の1つとなり得る期待が膨らみました。
第1回全国集会は、GMOフリーゾーン宣言が日本で最初になされた滋賀県高島市新旭町で開催されました。
看板の立っている新旭町・針江げんき米栽培グループの圃場は、NHKで数度にわたり放映された写真家・今森正彦さんの映像詩「里山――命めぐる水辺」の集落にあります。
清冽な生水(しょうず)の湧き出る老漁夫・田中三五郎さん宅の川端(かばた)からは、GMOフリーゾーン拒否宣言の大看板がすぐそこに見えます。
あるがままの自然ではなく、人間が生産活動や暮らしをとおして働きかけることによって多様な動植物と共生する自然を作ってきた日本の田園・里山の風景は、高度成長時期に農薬を初めとする化学物質と、効率優先の河川改修事業・圃場整備事業などでほぼ壊滅的な打撃を受けてきました。
世界で2番目に古い琵琶湖の河川では、固有の淡水魚が多種多様に棲息していましたが、それも今は昔の話になりました。
失ったものの価値は、失ってみなければ判らない傾向があります。
失ったものにすら、まだ大部分の人たちが気付かないというのが日本の現状ではないでしょうか。
とりわけ農業・漁業・林業と自然との関わりが、「安心できる食」「健やかに生きられる環境」を持続的に創ってきたことについての評価は、いまだに無視に近い状況だと言って過言ではないでしょう。
「里山――命めぐる水辺」の地で有機農業に汗する針江げんき米生産者が、GMOフリーゾーンをまずもって宣言したのは、遺伝子組み換え作物が「いのちを守り育む農業」とは相容れない思想によって成立していることを全身で感じ取り、生協組合員とともに学習を積み重ねて看破したことによります。
彼らはホタルを甦らせ、集落を流れる川に梅花藻を再生し、荒地をビオトープに作り直して希少動物・スジカワドジョウを大繁殖させました。
GMOフリーゾーン第1回全国集会を新旭町で開催したことによって、日本・アジアのGMOフリーゾーン運動は、自然と共生しながら多様な種・農法によって農業を営むこと、自然と共生する人間の暮らしを大切にする運動であることを発信したのではないかと考えます。
GMOフリーゾーン宣言運動は、まさに「いのちを守り育む」人たちの連帯運動です。
先祖から受け継いだ人間の暮らしと共生する自然を守り、子どもたちの未来に対して引き継ぐ者としての責任を果たそうとする運動です。
韓国からも、ウリ農生活協同組合から2名が参加しました。
カトリック農民会副代表でもあるキム・ソンリョルさんは、WTO香港会議に参加し抗議行動で逮捕された農民です。
ウリ農生活協同組合は韓国でGMOフリーゾーン宣言を行い、まずはカトリック農民会(約2000人)に広げると意思表明をされました。
また集会当日に間に合いませんでしたが、フィリピン・ボホール島のポールさんからもメッセージが届いています。
GMOフリーゾーン宣言運動はまだ緒に就いたばかりです。
一年後には宣言者数、面積を更に拡げ、ドイツの実績を当面の目標とすることが参加者によって確認されました。
また大会の最後では、生産者・製造者・流通販売者・消費者のそれぞれの立場で「一人の人間として」拒否宣言活動を発信していくことが宣言されました。
なお集会には全国から120名の参加があり、開催地の高島市・海東市長からご挨拶をいただき、市の「食の自立」への取り組みのご案内とともに、この運動への理解を示していただきました。
またJA新旭町からは、全面的な開催協力をいただきました。
「命めぐる水辺」ツアーには約40人の参加があり、水と密接に繋がって生きている湖西の人たちの暮らしを垣間見ていただくことができました。
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天笠啓祐 |