12歳で摂食障害(過食嘔吐)になって30年が経ち、今でも日々の生活が食べ物依存症との闘いで、毎日ダラダラ食いが止められない。
5年かけてやっと糖質制限を習慣化できたと誇らしく思っていたのに、先月睡眠薬のオーバードーズで生活リズムが一気に崩れ、そこから糖質制限食生活をする心の余裕がなくなった。
ひと月の間毎日だらだら食いが止められず、昨晩も吐くまではいかないが、寝る直前まで食べることが止められなかった。
今朝は起きるのに苦労し、いつもより30分遅れて習慣の神社散歩に出かけた。昨晩飲んだ鼻炎の薬がまだ残っていて体が重く気持ちもどんよりしていたからか、道中では側を通り過ぎる自転車や歩行者、車の存在にビクビクしたりイライラしたし、無職で毎日ふらふらしている自分が情けなくてやるせない思いを感じながら歩いていた。
途中、道を渡るために車が通り過ぎるのを待っていたら、横断歩道でもないのに車が止まってくれて、運転手さんが手でどうぞ渡ってと合図してくれたのが見えた。わたしはまさか車が止まってくれるとは期待していなかったので焦った。軽くお辞儀をして急いで道路を渡った。
帽子にサングラス&マスク姿で、どう見ても「親切」したくなるような姿ではない中年おばさんの私に、こういう風に親切をしてくれる人がいるんか、、、という驚きと共に、どんよりしていた気持ちが少し晴れていた。
神社の後にこれまた日課のカフェで読書をしに行った。いつも行くミスド。コーヒーのおかわりをお願いする時はいつもすごく緊張する。店員さんにプレッシャーをかけまいと、控え目におかわりカウンターにマグカップを置いて一歩下がって視線を他の場所に移して待っていた。接客の合間におかわりを注いでくれた店員さんが笑顔で「お待たせしました」と言ってくれた。その店員さんから笑顔をもらったのは初めてだったので嬉しかった。
毎日の神社参拝で神様に人生が良くなるようお祈りをしている。自力では改善できない不眠症や過食症、無気力からの脱却や人生が良くなるように手伝ってくださいとお願いしているのだか、毎日神様のいる境内に行き神気に触れるだけでも運気が良くなると信じている。
そして今日止まってくれた車の運転手さんの親切やミスドの店員さんの笑顔は神様からの応援メッセージだと思っている。