記;20,08,03

 

 自分はこれまで、うちから一番近いマッサージ店へ通っていた。前の店長さんは女性で、年も近かったせいもあり、去年の九月には占いのイベントまでさせてもらったほど、懇意のお店だ。そのお店のオーナーは、十五年ほど前、これまたうちの近所にできた整骨院の院長先生だ。自分はその整骨院ができた頃からそこへお世話になっていた。院長先生は男性だが、同い年ということもあり、かなり心安くしてもらっている。しかし自分のコリの範囲があまりに広く、整骨院の正規の施術時間だけではほぐしきれないことがわかり、マッサージ店へ通うようになっていた。

「オーナーはおんなじやから、懐は一緒や」

 そんなふうに考えていた。

「浮気」のきっかけは、前の店長さんが辞めたことだった。自分のコリは女性の先生からはかなりいやがられるほど「特別」だそうだが、前の店長さんは根気づよく自分のコリと戦ってくれていた。前の店長さん以外では、男性の先生を個人指名していた。

 自分は、「何曜日にはどの先生が、何時以降入っている」と把握するほどその店のおなじみさんになっていた。だから、前の店長さんが辞めたことによって、火曜日に、自分に合う先生がいないことがわかったのだった。

 二月のある火曜日、家から少し離れたマッサージ店へ、男性指名で施術をしてもらった。その店は全国チェーンで、専用のアプリがあった。アプリをスマホにインストールすると、200円引きクーポンや、500円引きクーポンがときどき来た。クーポンがないときは元のマッサージ店へ行き、クーポンがあるときは少し離れた店へ行くようになった。

 そうして五月、コロナによる緊急事態宣言が出された。少し離れた全国チェーンの店は、全店休業しますというメールが届いた。

 が。元のマッサージ店からはなんの連絡もない。LINEで友だちになっている先生に、休業の予定はありますかと尋ねたが、ないとのことだった。

 マッサージ店では、うつぶせに寝転ぶ。だから、万が一前にそこへ横たわっていた人がコロナに感染していたら、自分が移るリスクがある。

 自分はそう想像した。

 新しく行き始めたマッサージ店は休んでいる。だけど、元の店でベッドにうつぶせになるのも怖い。

 そこで自分は、元の店で、フットマッサージを受けることにした。

 電話でその予約をする。店へ行く。入ってすぐの受付のカウンターに、次亜塩素酸ナトリウムを噴射する器械を置いているだけで、自分の検温もされない、本や雑誌も置きっぱなし、施術のあとにドリンクも提供される。それどころか、施術後の飲みものを断ると、

「なんで?」

 と問われる。

「万が一ウイルスを残したらいかんでしょ」

 と答えたら、首をかしげられるという……。

 その店のオーナーさんは、長い付き合いの整骨院の院長先生で、その先生のことは信用している。マッサージ店から集団感染を出したらみんなが困るから、対策を取ってはいるのだろうとは思う。だけど、目につく場所に、そのマッサージ店が、どんな対策を取っているかは明記されていない。

 だから自分は、緊急事態宣言が解除され、少し離れた場所にあるマッサージ店が営業を始めて以来、ずっとそちらへ通うようになった。検温もされる、マスクの着用も義務づけられる、本や雑誌は撤収しているし、お客さんが帰ったあと、先生がたが消毒をしているスプレーの音も聞こえる。

 元々通っていたマッサージ店へは、かれこれ六年くらいお世話になっていたし、去年はイベントもさせてもらったし、オーナーもよく知っているし、後ろめたさは大いにある。

 だけど。

 情(なさけ)に流されて一生を悔やむことだけはしたくない、という判断が先に立つ。うちには八十二歳になる母がいるのだ。

 不義理なことをしているなとは思いつつ……案外自分の存在なんて気にされてないかもな、とも考えるのである。