まさかの大安。
朝から嬢①号とカミサンは着物を着る。
ついでなので嬢②号③号もオメカシする。
私もパリっとした格好しようと思ったら…
スーツが全部ダブダブ…

こりゃマジで買わないとダメだな


まずはスタジオアリスに行って写真撮影。
嬢③号準備完了。

嬢②号も準備完了。

着付けに2時間かかった嬢①号は、お宮参りの頃には、既にグダグダ…

しかも、神社に着くと何だか激混み…
ご祈祷が、なんと90分待ち。。。
にゃにゃにゃにゃーい

どうやら、今日は大安らしい…
ウチでは混雑具合を優先しているので、基本的に大安は外す。
やっちまった


仕方ないので、神社をウロウロする。


相変わらず、神社ってゴージャス。
朝一から動いて、写真撮ってご祈祷しただけなのに、既に15時…

かなりのオツカレ模様だった嬢①号、もう少しで終わり感が伝わったのか、元気出てきてるし…

まぁ子供なんてそんなもんだ。
大安じゃなきゃぁ、午前中に終わる予定だったのになぁ

質問をしたがらない者は、学ぶことが恥ずかしい者だ。
タイトルは、デンマークの諺。
今読んでいる本に書いてあったことなのだけれども、娘たちの教育に是非自分も見習おう、
(もちろん自分自身にも)と思っていることがある。
メッセージや指示を理解できたかどうかを確認したい時は、質問するのがいちばんの方法である。
質問をすることによって、指示を出す者と受ける者の双方が、正しい道を進んでいるかどうかを知ることができる。
と、著者は言う。
また、ノーベル賞を受賞した物理学者イシドル・イサーク・ラービのエピソードが添えてある。
彼の成功は、学校から帰るたびに母親が聞いてくれた言葉のおかげだと話している。
母親はいつも、彼にこう尋ねたのだ。
「今日はいい質問ができたかい、イサーク?」
空はどうして青いの?
鳥はどうやって飛んでいるの?
どうして笑うの??
子供は、無意識のうちに、普遍的で難しい質問をぶつけてくる。
彼らは、大人が 「これで十分だろう」 と思うより、はるかに多くの情報を貪欲に要求する。
ところが、成長の過程のどこかで、この猛烈な好奇心は、両親や、教師や、「知らないと思われるのは恥ずかしい」 という自我の芽生えによって叩き潰されてしまう。
人の好奇心が薄れていくのではない。
ただ、己の無知を知られるのが恐ろしくなるだけだ。
会議などで、「この件につきまして、何かご質問は?」 と聞かれて、怖じけずにさっと手をあげられる人には
賞賛の眼差しが浴びせられている。(稀にそうでないこともあるが・・・・)
学校では、答えを言った者が誉められる。
しかし、答えるより、質問をする方がずっと多くのものごとを学べる。
生徒に質問をして答えを探させるのは、本当の教師とは言えない。
独自の質問を組みたてられる方法を教えてくれるのが、本当の教師だ。
そして、ほとんどの場合、質問の中に、答えの感動が埋め込まれているのだ。
子供の頃の事を思い出してほしい。
質問はもうたくさんだ。
うるさい、黙ってやれ。
まず手を動かせ。質問はその後だ。
きっとだれもが一度は聞いたことがある言葉ではないだろうか。自分が言われたことがなくとも。
これらの言葉は、「お前は馬鹿で飲み込みが悪い」 と言っているようなもの。
でも、実は親や教師が自分の都合のために言っている言葉に過ぎず、これによって子供ならではの
自然な好奇心は押しつぶされてしまう。
質問をする人の方が、答える人よりも多くのことを学ぶというのが常識だ。
すごくシンプルな例で、わかりやすく説明をすると・・・・
例えば、私があなたの年齢をうかがい、あなたは45歳だと答えてくれる。
そこで私は新しいことを知る。あなたは、私が尋ねる前から自分が45歳だと知っているので、
新たに学ぶものはない。
この 「よい質問ができる」 という能力は、色々なシーンで活きてくる。
問題を解決する、指示を仰ぐ、仕事の内容をハッキリさせる、あるいは友人と会話をする際も同じ。
著者は、最後にこう結んでいる。
「よい質問とは、答えなのだ。そして、すばらしい答えの中に、よい質問がある。」
大人になっても、むやみやたらに何でもかんでも、「教えてくれ」では困る。
脳みそを動かさずに、手取り足取り教えてくれでも困る。
くだらない質問をし過ぎる人も、逆に質問を全くできない人も、「よい質問を組み立てることから生まれてくるもの」
の価値を教育されて来なかったからだと思う。
我が家では、カミサンと話をして先月から実行中です。
赤点のテスト用紙で、紙飛行機を折ってみる。
多くの人がそうであるように、義務教育期間を含め、これまで沢山の 「授業」 を受けて来ました。
楽しかった授業、楽しくなかった授業。
色々ある。
記憶を掘り起こしてみる。。。
【楽しかった授業】
・高校3年の選択教科「作文」。
毎回テーマを与えられ、原稿用紙枚数制限アリで作文を書き、発表をするというもの。
最後に発表者と意見を交わす時間がある。
教科書のないはじめての授業で、新鮮だった。
先生の名前は忘れてしまったが、、、、文章の美しさよりも、表現の豊かさを評価するという
これまた普段の授業とは違った感じで、初めて授業が楽しいと思った。
・浪人時代の「世界史」
Yゼミのオタキッシュな超不人気講師の授業。
点の取り方なんてものは一切教えない。黒板も使わない。テキストも使わない。
毎回、セーラームーンの挿絵が入った自作プリントを配る。
でも、そのプリントも使わない。
ひたすら、ただひたすら、マイクにヨダレと脂ぎった黒髪をつけながら、話続ける。
そんなんだから、教室はいつもガラガラ。みんな自習室へ逃げて行く。
受験は、結果だけの世界。
いま考えると、なんで講師やっていられたのだろう??と本気で思う。
私は、この講師の授業がとても好きだった。
世界史は、大陸間、国間の時系列をつなげるのが、なによりめんどくさい。
そして、戦争や人物名がとにかくゴチャゴチャになりやすい。
この講師は↑をつなぐ説明がとても上手だった。
「
いやぁ、この○○ってオヤジ、とてつもない変態だったんですよ。・・・・だから・・・な事件を起こして
○○とイガミ合うことになったんだよねぇ。グェグェグェグェ。
」
みたいな。
おかげで、苦手だった世界史が、点取り科目になり、今でも好き。
あの気持ち悪いけど、愛らしい笑顔が忘れられない・・・
・大学時代の・・・なんだっけ、抗議名失念したけど、ディスカッションの授業
毎回、議長?MC?がランダムで指名される。
残りの人間は適当にグループ分けされる。
教授から全グループ共通のテーマが渡される。
まずはグループ内でディスカッションをして意見をまとめ、「・・・だから私たちは・・・と考える」
という形式で代表者が発表をする。
それに対して、各グループは 「それは・・・の部分に論理の飛躍がある」 とかいってツッコミを入れる。
大学の講義は全般的に極めて退屈だったからか、これだけは楽しいと感じた。
・大学時代の「弓道」
「普段接点がないもの」 というだけかもだが、日本人の美意識的なことを学べて楽しかった。
あとは中学時代の美術教師がやってくれた、課外授業くらいなもの。
【楽しくなかった授業】
・高校時代の 「数学」
まず、方程式の意味が分からなかった。
なぜこの方程式に値を渡すと、この結果になるのか?
そんなこと説明していたら、当然カリキュラムをこなせないんだろうけど、すごく不満で
いつも授業中は読書タイムだった。
当然ながら赤点が続き、進級が危なくなる。
救済処置として、先生から 「なぜ授業をまともに受けないのか」 というテーマでのレポート作成が
与えられる。
せっかくなので、真面目にレポートを書いた。
「パズルとしては面白いけど、意味を説明しないと、理解には到底辿り着けないし、これは勉強じゃない」
的な生意気な内容を、原稿用紙にして数十枚書いたと思う。
そんなことは先生だって百も承知のはず。
でも、3学期の最後の授業で、ある方程式の成り立ちを丸々50分、黒板を使って説明してくれた。
シャイだった私は、それでもハードカバーの本を開く。ページは一枚も進まなかった。
感謝。
最後の授業を除けば、全く以て退屈な授業だった。
・「現代文」
特に高校時代。
そもそも、テストが気に入らなかった。
評価の仕組みと効率を考えると仕方ないのだけど、テストなんてしないで、レポートでいいじゃん
とずっと思い続けていて、先生にも何度か噛みついた。
「オマエの気持ちはわかるけどさぁ、そういうもんなんだよ。」
わかるけどね。。。
テストボイコットしたら、社会の仕組みを説明しつつ、すごい怒ってくれた。
これまた感謝。
とまあ、いつもどおり、相も変わらずダラダラと書いている訳だが、、、
実は、前職時代のお客様から 「仕事以外の相談があります」 と理由を明かされないままに
「とりあえずおいで」 的な感じの連絡をいただき、「なんだろう??」 と思いつつも、久々にお顔も拝見
したいし、自信の近況報告がてらー、という感じで、今日お会いして来ました。
話を聞くと、「ボランティアなんだけど、ある学校で短期の先生的なことをやらないか?」 というお誘い。
とりあえずは、Weeklyで 5回、 短期でいいという。
テーマは、義務教育のカリキュラムにはないけど、
・子供たちの役に立つ
・子供たちの視野や可能性を広げる
という内容であればなんでも良いとのこと。
私なんかに声をかけていただき、非常に光栄だが、、、、、自信なしw
自分の肥やしにもなるし、今の若者と接点を持てるという意味で、興味はすごくある。
文学部卒だけど、教員免許なんて大層なものはもちろん持っていない。
やってみたい、、、、、でもジシンなしw
とりあえず、回答は保留とさせていただいたが、
・自分だったらどんな授業をデキルカナ?
・自分が思春期の学生の時、どんな授業をウケタカッタカナ?
なんてことを、悶々と考えていたり。
現実的に、私一人で5回の授業内容を準備するのは、ちょっとしんどいので、先生できそうな人に
「一緒にやりませんか?」 と声をかけてみようかと。
終りの始まり と 始まりの終り。
昨日も微妙に溜まった仕事を片付けていたら、朝の5時をまわってしまった。
会社のドアを開けると、恐ろしく寒い。
一瞬で悴んだ手を、セーターの袖の中にしまう。
「はーっ」 と息をはいてみると、見事に白い。白い。。
冬。
東の空を見上げると、うっすらと朝が始まりつつある。
静かな朝。
明けの明星が、「オレはここにいるぞ」 と言わんばかりにギラギラと輝く。
夜と朝の境目に一瞬だけ見えるミドリイロが、たまらなく美しい。
もう一度 「はーっ」 と息をはく。
息はやっぱり白い。
西の空を見上げる。
こちらはまだ夜の真っ最中。
満月が、「アタシもここにいるわよ」 と言わんばかりに深々と輝く。
「はーっ」 と息をはいてみる。
相変わらず、白い。
月は地球の周りを、地球は太陽の周りを、宿命的にまわり続ける。
そして、私の息は、ただただ白い。
もう一時間もすれば、明けの明星も月もいなくなり、控え目な冬の太陽が昇る。
息はきっと白くなくなる。
そんなことを考えながら家路を急ぐ。
生きていることを実感する。
9時に起きて、会社経由で海に向かう。
昨日とよく似た太陽が、海をキラキラと輝かせる。
輝くことで美しいものと、輝かされることで美しいもの。
波はボチボチ良い感じ。
今日は久々に7'9''のファンボードを持って海に来た。
リズムを自ら変えることで、生まれてくるものがある。・・・はず。
パドルアウトしてる最中、崩れかかった腰サイズの波に出くわす。
いつものノリで、ドルフィンスルーしようとする。
ちなみに、ドルフィンスルーっていうのは、ゲッティングアウトしてる途中で波が前から来たとき、
ボードを沈めて波をくぐり回避する方法。
これができないと波のパワーで押し戻されて、全然沖まででれない。
最近覚えましたw
体重をかけてサーフボードのノーズ(先端)を波に沈めて
グルグル巻いてる波の下まで一気に潜り
サーフボードのテールを蹴って波の裏側に出る。
いつもの調子で、体重乗っけてノーズを押しこもうとしたら、
んがぁぁぁぁ・・・沈まん!!
そのまま勢い余ってボードの上に逆立ち状態にwwwwww
直後、逆立ち状態の私とボードを波がかっさらう。
波の上でヘッドスプリング。。。。
船みたいに浮力のあるボードでしちゃダメっしょ・・・
ちょーはずかしいぜw
ほらね。
勉強になった。
相手に合わせてやり方を変えていかないとダメよ。
今日はお昼から前職時代にお世話になったお客様と会う約束をしている。
んでは、いってきまーす。
グッとくる会社
今日、地元の先輩社長Z氏と話をしていた時、お互いどんな会社にしたいか?という話になりました。
利益だけを追求するのもダメだし、理想だけを追っかけていてもダメ。
かと言って、そのバランスを取ることに、やみ雲に必死になるのもどうかと思う。
そこで出てきたのが、この言葉。
「グッとくる会社」
いい響きだ。
B2BでもB2Cでも、お客様がグッとくるようなことを実行できる会社。
コンテンツ販売でも、Sier的な作業でも、相手に 「グッと来た」 と思わせる。
当然、会社の方向性と長短期の利益計画は必要。
ただ、マインドとして、そんな 「グッとくる」 仕事をし続けることを心がけていれば、それらの計画は
おのずと達成できるのかもしれない。
言うが易し、行うは難し。
ちょうど、先週書き上げて今週末にプレゼン予定の提案書がある。
「グッとくる」 かどうか、もう一度自己レビューしてみます。
出来ることから少しずつ。
ポレポレ。
1972年から82年生まれは不幸か
mixi を見ていたら、↓な記事があった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「1972年から82年生まれは不幸か」
ロストジェネレーションとは、「失われた世代」のことをいう。
バブル崩壊後の「失われた10年」に社会に出た、1972年から82年に生まれた世代のことだ。
07年に出版された『ロストジェネレーション─さまよう2000万人』では「彼ら、彼女らは、日本人がもっとも豊かな時代に生まれたと言ってもいいだろう。だが、高校や大学を卒業して社会に出たとき、戦後最長の経済停滞期にあたったのがこの世代の『不幸』だった」と記されている。
確かに子どもの頃は「未来は明るい」ことを漠然と信じていた。経済成長がこのまま続き、いい成績をとり、いい高校を出て、いい大学を出て、いい会社に就職という神話は唯一絶対といっていいほどの力を持っていた。そのために数の多い団塊ジュニア間の受験戦争は過酷を極めた。「努力をすればしただけ報われる」の言葉には信憑性があったからだ。しかし、それは景気が良かったからこそのものであり、ようやく社会に出るころになって、「今までのことはバブル崩壊によってすべて嘘になりました」と梯を外された。
ある者は右傾化し、ある者は突然あたえられたモラトリアムのなかで「自分探し」を余儀なくされ、ある者はフリーターや派遣社員となり、運良く「正社員」の座をつかんだものは、この会社を辞めたら後がないという恐怖から過労死の危険にさらされ、ある者はホリエモンブームに「起業」の夢をみた。
そして、09年はじめ、そんなロスジェネの一部は、日比谷公園に出現した「年越し派遣村」で新年を迎えた。一体、経済成長時代に生まれた私たちの誰が、将来自分がホームレスになることを想像できただろうか。「働く」ということはお金の問題だけでなく、尊厳や自己肯定感、社会上の身分など、人が生きるうえで様々な部分に影響をあたえる。将来があまりに不透明な日々は、時に自暴自棄や自己否定に追い込んでしまい、「生きる力」そのものも失ってしまうことも...。
「失われた10年」にもっとも「ワリを食った」この世代が何を思い、何を考え、どんなことをしてきて、どんな世界を望んでいるのか。1975年生まれの作家・雨宮処凛は自著『ロスジェネはこう生きてきた』で、現在までの軌跡と社会の動きを重ね合わせ、この息苦しさの根源に迫っている。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
私は1974年生まれ。
「ツイてないね」 なんて愚痴をこぼしたら、10発ぶん殴ってやる。
「元気だせよ!!」 なんてもし言われたら、心で涙を流し感謝しても、ハナクソつけてやる。
**華之介魂**
ロストジェネレーションのみなさんは、どう感じたでしょうか??
Smile on surf ~油断大敵~
3日ぶりに海へ行ってきました。
2日海をさぼって、ひと晩飲み明かして、一日のんびりゴロゴロしていたら、、、、
ウェットのウェスト回りがちょいキツイ・・・
ぬがぁ・・・マジかよー
こりゃ冬は要注意だなぁ;;
今日の海模様。
まだ6時だと言うのに、Tバーの前でなんか大会の準備してる。
パーク。
潮が多く、うねりのサイズはあるのだけど、、、、割れない・・・
辻堂方面まで見に行くも、どこも同じ感じなので、リストラで入ることに。
8時を回ったころから、急に南西の風が強くなり、波がグシャグシャになる。
「こりゃダメだねぇー」 と、相棒はサッサと上がっていく。
私はというと、、、ボードのワックスを塗る範囲を大幅に減らしたので、すごいグラグラ・・・
ぬぉーーーーー!!
波待ちもままならないぜぇぇ・・・
今日は9時過ぎからいつも自宅で作業をしているスタッフが来るのと、昼前からそのスタッフの
紹介で人に会う約束をしているので、さっさと上がる。
「まぁ明日で。」
会社に向けて、チャリでサイクリングロードを走る。
か、風がぁぁぁ・・・
砂がぁぁぁぁ・・・・
全然進まない。
時速2kmくらいしかでない。
途中、ショートを抱えたお姉さんがチャリで横転しそうになるのを助けたり、、、なんだかんだしていたら
普段の倍以上の時間がかかった。。
さて、昨日一日のんびりしちゃった分、今日は仕事します!!


















