母から書いといてと言われたので書いてみます。今日は2月3日節分。
12月お母さんは病院に行った。
最後の車の運転になった。
救急車で搬送され
まさかの入院
けど、これは最短最善の医療をしてもらえた
お母さんが、これまで人様のために
影となり?優しくしてきたから
早くに発見してもらえて
最短での治療開始がしてもらえたと思った。
後に母がもう一度しっかり話せるようになり
母は
ギリギリだったんじゃないかって言った。あの時ギリギリな状態だった
一人暮らしだから違和感の発見が遅くなった
母はそう思ったらしい。
私はどんなことをしても、どんなふうに生きていても、笑えなくなりそうだった
ニコッとしてれば、幸せになる
そう思ってたけどニコッと、なんてできない気分だった
でも、いろいろなことですごく心が詰まり
母の病気とは、別にその周りのことに心をやられた瞬間
旦那に言わずに逃走中
逃走してみた先で
やっぱり食べたのは、ラーメン
寒い時期にあったまれるし、やっぱりどうやらラーメンが好きらしい
そのラーメンの食券を買いに行く時
ご案内してくれた女性に微笑んだらしい。
とても笑える気持ちじゃなかったのに
とても笑顔になれる気持ちだったわけじゃないのに
その女性の方は、私のその一瞬の笑顔が微笑みを喜んでくれた
あなたのように笑顔でいてくれると元気が出る
そう言ってくれた。
私は誰にも笑顔なんてできる状態ではなかった
誰にも元気になってもらえる気持ちの状態ではなかった
自分自身が元気でなかったんだし
自分自身が悲しかったんだし
でも、いつもどこかで褒めてもらってきた
私の笑顔さんが誰かを元気にしてくれた
それをわざわざ伝えてくれた女性
あの方のその一言で、なんだか私はすごく元気が出た
母と二度と旅行もできない
でも、旅行もできなくなって、母が生きてくれているだけで幸せなんだ
頭ではそう思っていたけれど
やっぱり自分では思い悩んでいたんだね
もっと早く気づいてあげたかったなんであのちょっと変な違和感の後、病院行ったほうがいいとか思えなかったんだろう?
自分を責める気はなくても
全てが最善と思う一方で、
今入院してる状況でも、自分の体力がいっぱいでお見舞いに行けない。母のために何もできない。そんな自分の葛藤が苦しくなっていた。
今日は2月3日いろいろ思えばいろいろやってきた。いろいろできていた。
でももっとやりたい。もっとやってあげたいの自分の気持ちが何もできていないと、自分を責める気持ちになっていた
自分が素敵だな。うれしいなと思った事は相手に伝える。それだけで相手がとっても喜んでくれたり、幸せになったり、心の重荷がそっと横に置けたり
まさかのことが起こるんだなぁって
だから私は誰かが私の気持ちをほっこり幸せにしてくれた時
ぜひ相手に伝えていきたいなと思った
お母さんが治療を頑張ってくれて
リハビリを頑張ってくれて
むしろ、そのような治療をしていただいて
寄り添って、リハビリをしてくださって
たくさんの患者さんへの寄り添いをしてくださっている病院の皆様に感謝しています
そして、家でも、快適に過ごせるように
介護福祉の様々なご経験や知識を教えてくださった皆様
それを制度で書面で進めてくださった皆様、本当にありがとうございます
お母さん、病室で隣の方に
あなたのやる気が私に勇気をくれる
私、もうどうでもいいと思ってた
と言ってもらっていました
私自身も、あの状況でどうでもいいと思い、そう。お母さんが最後まで気力で
前向きに
今できること
自分ができることを精一杯やってくれて、本当にありがとう
今日は豆まき恵方巻
幸せな日になりますし
どんな状況でもやっぱり自分の心で幸せを勝ち取っていく
そう思っています
