この世界がどれだけ広かろうと、
私にはあの8畳一間の空間が、
何より幸せで心地よかった。
あなたと見る映画はいつも洋画だった。
洋画好きは字幕で見る事が多いらしいけど、
あなたは「声優の方が聴きやすい」って言って
いつも吹き替えで楽しんでた。
正直私には映画の内容なんてどうでも良かった。
あなたと映画を観ている間、
肩に寄り添っている時間がとても心地よくて、
それだけで良かった。
ただ一つ、映画で目を引いたことといえば、
「カリフォルニアキングベッドだよ。」
「なにそれ?」
「キングベッドよりも少し細長めの大きなベッドさ。」
とある映画ですごく大きなベッドがあった。
そのベッドは大人2人なんてすっぽり収まる程の広さだった。
それはまるで雲みたいだった。
キングベッドよりも少し幅は狭いから
広くても2人がくっついていられる。
そんな広いベッドに2人とも目を輝かせた。
私たちが住む部屋はあまりに狭いから、
寝る前に押し入れから布団を出し、
朝になればまた押し入れにしまう。
そんな生活だった。
だからあなたとはよくベッドが欲しいねって、
1週間に2,3回は言ってたっけ。
それぐらい私たちの憧れだったんだよね。
それでも私はよかった。
この空間にいるのは
私とあなただけだったから。
あの日、私は体調が悪くなって早上がりしたの。
気圧のせいかな、帰って行く途中で気づけば体調はすっかり良くなったわ。
珍しくあなたが休みだったから、早上がりはとても気分がよかったの。
連日夜勤が続いたあなたと過ごす時間ができたから。
近くのコンビニで栄養剤と、あなたの好きないちごジャムのケーキを買って家に向かったわ。
あなたは玄関から知らない女と出てきた。
咄嗟に隠れた私は、考えるまもなくあなたを尾けることにしたの。
私だってわかんない。でもそうすることがいいと思ったの。
あなたと女が向かった先は超高層マンション。
駅前に唯一ある、みんなが知ってる憧れのマンション。
その女とあなたは、微笑ましく話しながら中に消えていったわ…
買ったデザートは少しぐちゃぐちゃになっていたので、帰り道にドブに投げ捨てた。
栄養剤は一気に飲んで、それもドブに叩き捨てた。
怒っているのか
悲しいのか
それとも悔しいだけなのか
自分でももうわからない。
今はあの人のことしか考えられない。
それだけが真実。
きっと今頃
カリフォルニアキングベッドでよろしくやってるんでしょ。
僕には彼女がいる。
この世で最も大切な人で、健気で笑顔の柔らかい人。
お金のない僕を愛してくれて
僕と大切な時間を過ごしてくれる。
ある日僕だけが休みの日があったんだ。
寝坊して慌てる彼女を見送り
僕は朝のニュースを観ていた。
少し時が経つとお昼になったので
適当にご飯を作って食べた。
身支度をしているとチャイムが鳴り、客人を迎え入れる。
家に来た女性は、異母兄弟の姉だ。
小さい頃から一緒だった僕らは
たまにこうして会うことがある。
「来てくれてありがとう。」
「大事な弟ちゃんだからね〜。」
「また売上トップなの?」
「今月もね。」
「あはは、本当にすごいや。それで例の物は手に入りそう?」
「うん、バッチリよ!一応部屋のサイズを採寸させて。」
この1ヶ月は夜勤をとっても頑張った。
このベッドを新調する為でもあるけど
サプライズの旅行も計画したんだ。
彼女にはデートを我慢してもらったから、その分喜んでもらえるといいな。
「うん!いけると思うよ!搬入経路もさっき確認したけどばっちり!」
「本当にありがとうね。」
「いいのよー。てか、あんたも直で見たいでしょ?色違いだけどうちにあるからきな。」
「いいの?ちょうど彼女も休みだし行こうかな。」
義姉は、駅前のタワーマンションに住んでいた。
みんなが知ってる駅前のマンション。
半分は同じ血が入っている姉は、みんなが羨む暮らしをしている。
だからこそ、こんな自分を愛してくれる彼女を喜ばせたかったんだ。
義姉には彼女のことをたんまり話した。
新しいベッドの事、前見た映画の話、誕生日にくれた物。
気づいたらタワーマンションの麓に着いていた。
「あんた…よく笑うようになったね。」
「そうかな。」
51階建の40階に、エレベーターがとまった。
廊下は暖かい照明が付いていて、空調も効いている。
静けさを断ち切らないようにそーっと廊下を歩いた。
義姉の部屋はとても質素だった。
3LDKの75平米。1人には有り余る広さだが、
仕事や彼氏やらでちょうどいい広さらしい。
ベッドルームを覗くと
そこには巨大なベッドがあった。
「これが…」
「カリフォルニアキングベッドだよ。滅多にお目にかかれないんだから。」
「本当にありがとう。」
僕らが住む部屋には全く似つかわしくないベッド。
それでも2人の夢なんだ。
僕は今叶えたい。
義姉とは今後の段取りを軽く済ませ
僕はそそくさと帰路についた。
今日の晩御飯は、得意なビーフシチューだ。
早く帰って仕込まなければ。
(パァンっ!)
空気を切り裂くような音がした。
しばらくすると
(バリンッ!)
なんだ?
さっきより大きな音がする。
というより僕が近づいているんだ。
遠くに誰かいる…
あれは…彼女か…?
どうしてこんなとこに、
ホ…ゥ…ゥ…
左側の下方からなにやら鳴き声のようなものが聞こえる。
声のする方へ近づき目を落とすと、足元には石ころが散乱し、溝の中で鳩が血まみれで死にかけていた。
「え…」
僕は思わず固まった。
これは彼女がやったのか?
いやまて、偶然にすぎない。
たまたま帰り道に彼女がいて…
いや…なぜいるんだ?
目線の中の情報と、頭の中の想像を行ったり来たりしていると、ある事に気づく。
「これは…」
去年の記念日に僕があげたバングルが落ちていた。
最近はつけて無かったように思うけど
なぜこんなとこに。
「…」
これは彼女の誕生日の日に買ったバングルだ。
当時、バイトで貯めたお金で買ったモノ。
あの時の僕には高かったけど
君はとても大切にしてくれてたっけ。
「…うそだよ。」
私は誰でもない。
これからこの家で起きる事を
喋る「なにか」である。
まず女が帰宅する。
カバンを投げつけ、台所の食器をなぎ倒す。
布団を出し、枕に向かって叫んだ後
少しの沈黙を経てキッチンを物色する。
そこで男が帰ってくる。
女は至って冷静に、玄関を向き
その目線の方向、仰角、焦点は正確に男の目を捉えていた。
男は中に入るなり
なにやら大声で話そうとしているが、
それを遮るように女が喚く。
男は必死に説明する。
しかし女に声は届かない。
落ち着けと、男が駆け寄る
触らないで、と言う女
男は女の腕をつかんだ。
女は咄嗟につかまれた逆の手を
男の腹へと運び
2人はくっついた。
その後女は少しだけ離れて
何度も何度も男の腹に包丁を突き刺した。
次の日
別の女と配達業者が家に来た。
しかし玄関を開けるなり悲鳴をあげ
家から出てきたあの女がまたくっついた。
配達業者はひどく動揺していたが
倒れる女に叫び続けていた。
家から出てきた女は、干からびた血のついた包丁を
倒れた女の腹に投げ捨てた。
これはひとつの「終わり」の話。
私は誰でもない。
あの日の後
警察や刑事、もう誰だかわかんないけど
あの日の彼の行動の理由と
あの女性との関係を全て知った。
刑務所に入り、1週間程度色々考えた後
数ヶ月で模範囚となることができた。
各所に顔がきくようになり
念願の裁縫セットと電気ストーブを手に入れた。
私の独房はおよそ4畳。
裁縫セットには
たくさんの針と断ち切りバサミがあったので
まず針を半分ぐらい胴体に刺していく。
次に断ち切りバサミを口で咥え
窓の縦格子にコードをひっかけ
首に巻いた後に少し離れたトイレの上に立つ。
咥えていた断ち切りバサミで
お腹を刺していく。
何度も
何度も
何度も
何度も
何度も
何度も
何度も
いつのまにか視界は薄くなっていき
私の音が嫌に鮮明に聞こえてくる。
雲のような景色と
最低の居心地。
そういえば他の囚人と相部屋だった時に思ったの。
くっついて寝るのは、あまりいいものじゃなかったわ。
私にはこれぐらいの広さと、適当な敷布団ぐらいでちょうど良かったのよ。
ただあの日。
あの日の次の日の夜を待ってたら
あなたが帰ってきて、笑いながら全部話してくれたなら
あの部屋にはきっと、カリフォルニアキングベッドが置かれていた。
ーおわりー
著:ことほ
プチあとがき
この作品を書くきっかけとなったのは
リアーナの「California King Bed」という曲でした。
広いベッドなのに、心の距離は遠い。
そんなイメージから「広さ」と「喪失感」をテーマに物語を書いてみました。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。