だんごむし | カメラマンの独り言

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「感性」って何だろうって考えた事があるだろうか?

ネットで調べると、まぁ良くわからない難しい言葉で書かれているが、一言で言えば「感覚的認識能力」という事になる。

と、難しい話しをするつもりではなく、今回は思い出話を含めつつこの「感性」について考えて見ようと思う。

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自分は小さい時、とにかく「変わった子ども」だった。

この「変わった子ども」というのは「自分以外の人」が思っている事であって、自分自身は「変わっている」なんて一度も思った事はない。

例えばね、濡れた紙がある。
それをストーブの前で乾かすと「ぱりぱり」になる。

乾かせば元通りになると思ったのにならない。

これが不思議で不思議で、何時間も紙を水で濡らして乾かしてを何時間も繰り返していたりした。

砂場に行けば、ただひたすら「穴」を掘る。

ずっと掘っていくとどうなるのか知りたくて、必死になって掘る。

朝から夕方まで無心に掘り続けて、結果わからずじまい。

こんな子どもを周りが見たら「変わっている」「将来が心配」って思われても仕方がないよね(笑)。

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ある日、撮影に行った幼稚園の園児で「だんごむし」が大好きな園児がいた。

遠足に行った先で良く行方不明になるんだけど、そういう時必ずその子は草むらで「だんごむし」を「じー」っと見つめている。

しばらく見ていると、それを手に取って「ころころ」転がし、何にも言わずに自分の所に持ってくる。

自分も黙って、その子の手のひらの上で「だんごむし」を転がしてやった。

そしたらその子、満面の笑みで喜んでさ、今度は2つ持ってきて「はい」って一つくれた。

「ありがとう」って言ったら、もう飛び上がって大喜び。

気がついたら、また戻って「だんごむし」を「じー」と見ている。

その子はその時、完全に自分の世界に入っている。

遠足行って他の子と遊ばないでこんな事をやってるんだから、一般的にみれば「変わった子ども」「変な子ども」って烙印押されちゃうんだろうなって思った。

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でもね、その「だんごむし」を見ている時のその子の「脳」って、ものすごいことを考えているんだろうなって感じる。

自分が「だんごむし」になっていることを想像したり、「だんごむし」の「性格」なんかを考えたりさ(笑)。

「こいつなかなか『だんご』にならない根性ある奴」って感動したり、なんで「だんご」になるんだろうって考えていたり。

ここで「わかって欲しい」んだけど、結局その子は、ただ「だんごむし」を見ているだけで「脳の中で最高の遊び」をしているんだよ。

それは「身体」を使って遊ぶことなんかより、何百倍も楽しいことなんだろうと思う。

でも大人が見たら「変わった子ども」って事で、心配したりやめさせたりしちゃうんだろうね。

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でも本当は、そういうところから「何か」が生まれてくると思う。

もしかしたらこの子、将来「だごらー」なんていう映画作って「アカデミー賞」取るかもしれないし、だんごむし型の乗り物作って、火星探査機になっちゃったり(笑)。

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良く「感性を育てる」という教育があるが、それを教える側にこの「感性」が果たしてあるかどうかが最近心配でならない。

普通の子、大多数の子と同じ行動を取るのが「よい子」で、「だんごむし」に魅入っている子は「変わった子」と思うのだったら、多分「感性」についてどんなに話しても理解してもらえないと思う。

子どもってね、大人が考えている以上に「脳の中でいっぱい遊んでいる」んだよ。

それは「大人の常識」が通用しない世界。

大人が「常識の束縛」から逃れられないと、多分「子どもの感性」って育てられないんじゃないかって思う。

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強引に話しを戻すが(笑)、クリエーター、デザイナー等、あらゆるアーティストなんてものは、結局「目の付け所」がどれだけ他の人と違うかが勝負になってくる。

これって、まさに「感性」の世界。

人とは違っていて「変わっている」からこそ、良い物ができたりする。

「変わった子ども」「将来が心配な子ども」ほど、巨大な何かを秘めているという事に気がついて欲しいなと思う今日この頃…。

…この「だんごむし小僧」、大きくなったら自分の所で働いてくれないかなぁ…。


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