きょうは長くなります
わたしの誕生日は、3月の末です。
小学校入学のとき、
あまりにもランドセルを背負う姿が痛々しくて、
「出生届を遅くすればよかった」
と親は悔んだと、いまだに言われます。
先の日記で、
わたしはずーっと体育が苦手で、
好きになったのは大学からだった、
と書きました。
好きになったのは大学ですが、
そこそこ好きになったのは高校からでした。
女子高だったのですが、
クラスメイトが女性らしい身体になって、
跳び箱や鉄棒が苦手になったとき、
1年若いわたしは出来ちゃったんですね~。
で、急に足も速くなりました。
なんとなんと、
徒競争は中3まで差が埋まらないそうです。
わたしの経験とほぼ同じです。
小学校に入ったとき、
4月生まれとは丸1年ちがいましたから、
能力の差は歴然、
そこで「苦手意識」が刷り込まれたものと、
わたしは思っています。
ドッジボールなど、
戦意むきだしのゲームは、大の苦手でした。笑
これはもう弟、妹たちに敵いません
早生まれ、長子、という生育環境ですから、
「体育会系」の先生はとても苦手でした。
そうやって、複合的に、
体育嫌いが出来上がったわけです。
で、うちの息子は1月の末の生まれです。
幼児期は、
好奇心が強くて身体を動かすのが大好きで、
足腰・心肺機能が強く、
運動能力はそこそこある、とわたしは見ていました。
ところが、
小学校に入って中学年にもなったら、
運動はコンプレックスにも近いあり様です。
兄弟のいる、遅生まれ?の子たちに、
「技」「闘争心」で圧倒されているのです。
うちの子は、誰かと競争することではなく、
自分自身の好奇心でガッツのある子でした。
スケートすれば、
周囲の知らない大人たちが思わず声援するほど、
前に進もうとする気力にあふれた、
楽しい子どもでした。
ところが、
ここのところ、体育が嫌なのです。
学校の体育ってなんなのでしょう。
このような報告も出ています。(あとで検索してみてね)
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis170/e_dis162.html
>>>引用します。
・日本は学年意識が強い
(先輩後輩意識が強く、年齢差のある 人と行動することが幼年期で少ない)
・日本の教育現場は同学年で比較を行いすぎ
(できないことを 叱ったり親に報告したりする)
・日本の教育システムでは学年間での移動がほとんどない
(成 長の遅い早生まれの子が、日本で言う次の学年に入学させることは、海外では比較的自由)
・日本では競争が低年齢化して勝ち負けの結果を知ってしまい、
早くからモチベーションと可能性を折ってしまう
(海外では甲子園のような学校対抗の試合が無い、大学以降が普通)
日本のプロスポーツ選手には早生まれ(1-3月)の人がかなり少ない、
という統計データがあるそうです。
プロ野球選手だと、4-6月の半分、
プロサッカー選手だと、4-6月の3分の1になるんだとか。
で、それが、
学歴と所得格差につながっていくと。
ずいぶんと偏った結論だけど、
じゃあ、どうするの?
幼年~少年時には、同じ学年(4月~3月)内で共同生活をする上で、
どうしても色々なことで早生まれの子が劣ってしまう。
遅生まれの能力の高い子が褒められ、
リレーの選手などで経験を積む一方、
早生まれの子は劣等感と経験不足から、
モチベーションを失っていくという悪循環に 陥る。
まぁ、そういうことですね。
チームプレーで要らない子になるわけですから。
要らない子になるということは、
経験をはく奪されることなんです。
わたしの担任は、
「早生まれはアタマがいい」
と言ってくれていました。
きっと、遅生まれに聞こえないように、
こそっと早生まれのちびちゃんたちに、
そう言ってくれていたのでしょう。
ですから、
わたしも息子には、
「1月生まれはアタマがいい」 トカ、
「抜群の心肺能力」 トカ、
「今、活躍している子どもたちと、大きく逆転する日が来る」
トカ、
暗示のことばを唱えています。
だって、こんなことで自信なくしちゃうなんて、いやだわ。
運命の範ちゅうにも入らないでしょう、
だって、単なるシステムなのよ。
運命は、「この親の子」だけでじゅうぶんでしょう。
教育現場でこのことが検討されてから、
もう何年たってるの???
授業としての体育は「体育程度」扱いじゃ、だめ~!!
すごく大切なものですよね。

わたしの誕生日は、3月の末です。
小学校入学のとき、
あまりにもランドセルを背負う姿が痛々しくて、
「出生届を遅くすればよかった」
と親は悔んだと、いまだに言われます。
先の日記で、
わたしはずーっと体育が苦手で、
好きになったのは大学からだった、
と書きました。
好きになったのは大学ですが、
そこそこ好きになったのは高校からでした。
女子高だったのですが、
クラスメイトが女性らしい身体になって、
跳び箱や鉄棒が苦手になったとき、
1年若いわたしは出来ちゃったんですね~。
で、急に足も速くなりました。
なんとなんと、
徒競争は中3まで差が埋まらないそうです。
わたしの経験とほぼ同じです。
小学校に入ったとき、
4月生まれとは丸1年ちがいましたから、
能力の差は歴然、
そこで「苦手意識」が刷り込まれたものと、
わたしは思っています。
ドッジボールなど、
戦意むきだしのゲームは、大の苦手でした。笑
これはもう弟、妹たちに敵いません

早生まれ、長子、という生育環境ですから、
「体育会系」の先生はとても苦手でした。
そうやって、複合的に、
体育嫌いが出来上がったわけです。
で、うちの息子は1月の末の生まれです。
幼児期は、
好奇心が強くて身体を動かすのが大好きで、
足腰・心肺機能が強く、
運動能力はそこそこある、とわたしは見ていました。
ところが、
小学校に入って中学年にもなったら、
運動はコンプレックスにも近いあり様です。
兄弟のいる、遅生まれ?の子たちに、
「技」「闘争心」で圧倒されているのです。
うちの子は、誰かと競争することではなく、
自分自身の好奇心でガッツのある子でした。
スケートすれば、
周囲の知らない大人たちが思わず声援するほど、
前に進もうとする気力にあふれた、
楽しい子どもでした。
ところが、
ここのところ、体育が嫌なのです。
学校の体育ってなんなのでしょう。
このような報告も出ています。(あとで検索してみてね)
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis170/e_dis162.html
>>>引用します。
・日本は学年意識が強い
(先輩後輩意識が強く、年齢差のある 人と行動することが幼年期で少ない)
・日本の教育現場は同学年で比較を行いすぎ
(できないことを 叱ったり親に報告したりする)
・日本の教育システムでは学年間での移動がほとんどない
(成 長の遅い早生まれの子が、日本で言う次の学年に入学させることは、海外では比較的自由)
・日本では競争が低年齢化して勝ち負けの結果を知ってしまい、
早くからモチベーションと可能性を折ってしまう
(海外では甲子園のような学校対抗の試合が無い、大学以降が普通)
日本のプロスポーツ選手には早生まれ(1-3月)の人がかなり少ない、
という統計データがあるそうです。
プロ野球選手だと、4-6月の半分、
プロサッカー選手だと、4-6月の3分の1になるんだとか。
で、それが、
学歴と所得格差につながっていくと。
ずいぶんと偏った結論だけど、
じゃあ、どうするの?
幼年~少年時には、同じ学年(4月~3月)内で共同生活をする上で、
どうしても色々なことで早生まれの子が劣ってしまう。
遅生まれの能力の高い子が褒められ、
リレーの選手などで経験を積む一方、
早生まれの子は劣等感と経験不足から、
モチベーションを失っていくという悪循環に 陥る。
まぁ、そういうことですね。
チームプレーで要らない子になるわけですから。
要らない子になるということは、
経験をはく奪されることなんです。
わたしの担任は、
「早生まれはアタマがいい」
と言ってくれていました。
きっと、遅生まれに聞こえないように、
こそっと早生まれのちびちゃんたちに、
そう言ってくれていたのでしょう。
ですから、
わたしも息子には、
「1月生まれはアタマがいい」 トカ、
「抜群の心肺能力」 トカ、
「今、活躍している子どもたちと、大きく逆転する日が来る」
トカ、
暗示のことばを唱えています。
だって、こんなことで自信なくしちゃうなんて、いやだわ。
運命の範ちゅうにも入らないでしょう、
だって、単なるシステムなのよ。
運命は、「この親の子」だけでじゅうぶんでしょう。
教育現場でこのことが検討されてから、
もう何年たってるの???
授業としての体育は「体育程度」扱いじゃ、だめ~!!
すごく大切なものですよね。