大学時代のサークルの顧問の先生は、当時40代半ばぐらいだったのだろうか。

フランス文学とフランス語の教鞭をとられていて、
世俗っぽさのかけらもない、ピュアな学者だった。

わたしはフランス文学を履修していて、
サークルが忙しくて授業は出ていなかったけれども、
「なおみさん、良あげるね」と便宜を図ってくださったけど、決して優はくれなかった。
「先生、優ください」と言うと、「だって出てこないでしょう・・」と、
本気でオロオロ悩んでしまうのだった。

夏合宿に行くと必ず、
レンタル自転車やゴーカート、手漕ぎボートで遊ぶんだけど、
先生はいつも、「ぼく、なおみさんと」とはにかむので、
わたしたちはいつもペアだった。

先生はわたしが好きだから?

ノンノン、先生は、わたしのバイオレンスともいえる運転・操作が大好きだったのだ。

坂道ノーブレーキの自転車の後部座席で、
カーブ、ノーブレーキのゴーカートの助手席で、
男子とのボート漕ぎ競争はわたしにだけ漕がせて、

とっても楽しそうだった。

わたしは、わたしに命を預ける先生のためにがんばりました^^

実家に帰ったあとも、学会で近くに来られると、
「なおみさん、ごはん食べましょう」と誘ってくださるので、
先生にはちょっと不良っぽい飲み屋に連れていくと喜んでくれた。

「なおみさん、いい人紹介したいんだけど」

と数回言われたけど、お見合いは一度も遂行されなかった。

お年頃の男性をみつけても、「結婚相手を紹介しましょうか」
なんて言えないのだった。

俗っぽいのは似合わないのに、
がんばってそう言ってくださるだけでうれしかった。

11年前の結婚式のとき、奥様を同伴されて山形に来てくださった。
まだお若いのに、ちょっと足元がおぼつかないふうだったのが気になったが、
あったかいスピーチをしてくださった。

それが最後になってしまった。


先生ごめんね。