当時どう思ってたのかな?
喋ることも、表情をしっかり変えることも出来ず、横を向くことも出来ず、目を閉じている事が多くて、痛くてもそれを上手く伝えられないので、きっと嫌な思いをたくさんさせていたのだろうなぁ…と今となっては思う。
それでも割れ物を扱うように慎重にケアをしてくれて、決して見放さないでいてくれた人たちがいる。
私が何を思っているのかを知ろうとしてくれ続けた。
私の表情が曇る度に「ゴメンね」と返ってくるのが私は本当は悲しかった。
本音を伝えられないもどかしさをきっとお互いに持っていた時かもしれないなぁ。
本当はね、「そこは痛いけど、痛いのはほぼ全身だから、一生懸命にやってくれてるのに謝らないで。むしろもっと大胆にやってもらっても大丈夫です。」と伝えたかった。「ありがとうございます。」と伝えたかった。
後から入ってくれた人たちも何を言われようと大事に関わってくれた。
家族から何を言われても「入らせてください」と言って、きっとシフトも無理をしながら入ってくれた。
その中で、手術をして声が出るようになった時は、号泣してくれた人もいた。
きっとその中には喜びの涙もあるけど、一緒に苦しんでくれた涙もあるのだろうなぁと思う。
何を考えているのか、分からず、寝ているのか、拒否しているのか(寝てました)も分からないままずっと一緒にいてくれた人たち。
返事がないのに悩み事を相談してくれた人。その応えをiPadに書いたら実践してくれて喜んでくれた人。
絶対無理なはずなのに、災害があったら直ぐに駆けつけるからねと本気で言ってくれた人。夢を見ないと言ったのに、私の夢を2回も見てくれた人。その言葉が、その心が嬉しかった。
全身に痛みがあるからと私に知らせる事なく2枠も取ってくれてお風呂でゆっくり温まらせてくれた責任者の人。今まで全く知らなかった。どんな心に支えられていたのだろう。
今回初めましての人が4人増えたけれど、今は時々喋れるし笑える。一生懸命メモを取って、私を知ろうとしてくれた。こんな私に関わるのを喜んでくれた。私はまだ疲れちゃうけれど、今までの出会いが私の宝になったように今回の出会いが宝になる日を信じて来週も身を任せてみたいと思う。
私の知らない所で沢山のお陰があって、今の私の生活がある。傷つけもして、無理もさせただろうけど、だからこそ大事にしたいし、もしも叶うなら守りたいとも思う。
大事な宝物に傷をつけないように私も私なりの感謝を伝えられる人間でありたい。
本当にありがとうございます。
心身共にこんな状態だけどみんな大好きです!