前回の続きになります
ただ、あの体験の
副作用のようなものが、
未だに
残っている部分もあります。
欲そのものが
かなり薄くなり、
「これがどうしても欲しい」
「どうしてもこれをやりたい」
といった強い衝動や執着は、
ほとんどなくなっていました。
感情の周波数もすぐに
わかります。
今でも
「観察者の位置になってください」
と言われれば、
すぐにそこに戻ることもできます。
それは、かつて
その位置に長くいた体感が、
今も身体のどこかに
残っているからです。
あの時の体感は、
まだ色濃く
思い出すことができます。
その後も細々と
統合ワークを続けたり、
自己受容を意識して
過ごしてきました。
そして昨年、少しの間だけ、
「目醒めの伴走プログラム」
という講座を始めました。
けれど、伝えていくうちに、
自分自身がだんだんと
目醒めからズレていく感覚に
気づくようになりました。
あの時の意識の反転から
遠ざかっていく感覚です。
教える立場になることで、
教えられる側が生まれます。
いくら言葉では
「上下はありません」
「同等です」と伝えても、
構造的にはどうしても
上下関係が生まれてしまう。
その役割を引き受けた途端、
自分がドラマの中に入っていることが
はっきりと分かりました。
※勿論、それが悪い
ということではありません。
そこから、
「教える」という役割が、
次第にしんどくなっていきました。
覚醒について、
きっかけや概念を誰かから
教えてもらうことはあっても、
覚醒そのものは
本人にしかできないことだと
私は思っています。
だからこそ最終的には、
自分自身で向き合い、
取り組むしか方法はありません。
魂のレベルで、
今世で覚醒することを
決めてきている人が覚醒する、
と言われることがありますが、
それは本当だと思います。
どれだけ自分自身と
真剣に向き合ってきたか、
その積み重ねもあるのでは
ないでしょうか。
次回に続きます![]()