皆様、お久しぶりです。8月10日に更新して以来、一切ブログを更新していませんでしたね。
ごめ~んね(犬系女子)
まずは紅葉狩り
さてクソみたいな挨拶はほどほどにしておいて、今回は佐賀県神埼市にある仁比山公園と、そこに隣接する九年庵に行って紅葉狩りをしてきたお話です。
地図を見ればわかるように、仁比山公園と仁比山神社は繋がっており、この神社へと続く参道の途中に九年庵があります。
明治時代の佐賀の実業家、伊丹弥太郎(イタミヤタロウ)の別邸と庭園は、「九年庵」として、平成7年(1995)、国の名勝に指定されました。98坪の別邸は、明治25年(1892)につくられ、庭園は、九州で茶室や築庭において並ぶものなしといわれた名人、久留米のほとり和尚に委託し、明治33年(1900年)から九年の歳月をかけて築いたものです。
(略)
庭園は、多くのツツジやモミジ、苔など様々な樹木で彩られ四季を通して美しい景色を描き出しています。深い木立は周辺の景観とよく調和し、はるか筑紫野(ちくしの)の広がりと有明海が眺望できる借景庭園となっています。
公開時は、美化協力金500円を支払う必要があります。というわけでこれを支払い、入園すると真っ赤な紅葉が一面に広がっていました。
足元は入口から庵手前の石造りの階段までは枯山水が続くため、歩道が設けられておりじっくりと見学することが出来ました。
石造りの階段を上りつつ後ろを振り返ると、青空をバックに燃えるような赤色の紅葉の組み合わせ。
いよいよ九年庵が近づいてきました。現在は庭園も含め敷地そのものをまとめて九年庵と呼んでいますが、本来は茶室などがある庵そのもののみを九年庵と呼びます。
かやぶき屋根の茶色、生け垣や植栽の緑、そして紅葉のコントラストが本当に映えます。
景色はこんなに美しいのに、iPhoneもデジカメも画質が良くない物なのでうまく伝えられないのが悔しいですが…。
最近の若者なら簡単に「エモい」「ヤバい」って言うのでしょうが、いつまでもそんな言葉で片づけていると語彙力を鍛えられないので、普段私は言わないようにしています。
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さて、ここからが本番です(え)
普段の私を知っている方なら疑問に思っている方も多いでしょう。
なぜわざわざ紅葉狩りの為に神埼まで出かけたのか。
…そうです。実はこれはオマケ、パフェにぶっ刺さっているウエハースです。(失礼)
メインディッシュはV8狩り
まあこんな「ただのお出かけ記事」が西鉄バス久留米の枠にぶち込まれている時点でお察しでしょうが、今回の目的はバスです。
秋のバルーンフェスタ、九年庵輸送はその年に離脱した古い車両をかき集めて行われるのが慣例で、これまでも営業運用を離脱した古参車が充てられてきました。
2023年10月1日のダイヤ改正では福岡地区からツーステップバスが全車運用から離脱しており、今回はこの古参車たちに乗りに行くのが主な目的でした。
(一部の個体は改正前から車検切れのタイミングで順次落とされましたが)
この日(11/23)は九年庵輸送専用車を全車見ることが出来ました。
全車KC-LV380N 西工96MC いすゞ
鳥栖1418 1999年式
1418については、まとめた記事を書いているのでそちらをご参照あれ。
久留米営業所、及び御井町営業所時代にはよく世話になった1台で、その分思い入れも強い車両です。この車両だけ鳥栖営業所所属ですが、佐賀営業所の方が乗務されていました。
久留米営業所(2023年4月1日より御井町営業所)時代の1418。
約2年の所属で、まさにピンチヒッター。神埼線にも入り、マニアをざわつかせたことも。
佐賀1507 2000年式
晩年は、油山線でよく走っていました。
福岡でのツーステの運行は9月いっぱいまででしたが、最終日の30日は土曜日。稼働する数が少ないと踏み、前日の平日最終日29日に六本松から片江営業所まで乗りました。福岡地区で乗った最後のV8です。
福岡で最後に乗ったV8である1507。給油スペースで小休憩。
佐賀1514 2000年式
晩年は茶山線が所定でしたが、114番の廃止に伴う運用整理の結果、福大線が所定になりました。
車体は錆が目立ち、お世辞にも綺麗とは言えないこの個体が最後まで生き続けるとは思いませんでしたね。他の車両と比べてエンジン音は車内によく響いていたので、その点は好きでした。
廃止前に114番前面展望を撮ったのも1514でした。
前面展望動画のサムネにした1514。ちゃんと金山団地経由を選んだ。
佐賀1512 2000年式
1512は我々が帰ろうとしたタイミングでやって来たので、これくらいしか写真がありません。おそらく乗務員交代でしょう。
片江では、晩年は福大線が所定でした。あまり乗っていないので写真がこの辺しかないんですよね…。
たぶん快速113番の代走で撮ってますね。記憶が曖昧過ぎる
大川9088 KL-UA452MAN 2004年式
佐賀営業所だけでは人手が足りなかったため大川から応援が出たそうです。
専用の方向幕は無く、貸切幕+貸切団体の名札で対応していました。
この日は神埼とは別に、もう一つ目的地がありました。この辺の話は後編にて。
(続)
※2023.12.21
1507、1512、1514の晩年の所定の訂正・表記変更
後編公開のためリンク添付