「世界には学校に行きたいと思っている子供たちがいるが、彼らは学校をサボりたくてもサボれない子供たちの気持ちを考えるべきだ。」
こんなことをいえば、おそらく多くの人は発言した人を批判するだろう。
しかし、逆を言っても批判はされない。逆というのは「学校をサボりたいと思っている子供たちは、学校に行きたくても行けない子供たちの気持ちを考えるべきだ。」という考えのことである。この考えはむしろ多くの人が支持するものである。
なぜであろうか。学校に行きたい子供をA、学校をサボりたい子供をBとすると、「BはAの気持ちを考えるべきだ」は支持され、「AはBの気持ちを考えるべきだ」は批判されるというのだ。
答えは簡単である。AとBの立場は対等ではないのだ。多くの人は、Bを「恵まれたガキ」、Aを「恵まれないかわいそうな子」とみなし、Aに同情の目を向ける。ここで、Aは弱い立場だから擁護する、Bは強い立場だから非難してもいい、という 考えが生まれている。これはれっきとした差別なのだ。
