おとなになるのび太たちへ:人生を変える『ドラえもん』コレクション | エイリアンの書店侵略

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子どもたちが憧れる職業についた10人のおとなが、人生の指針となる10話を選びレコメンドする、という形式の短編セレクション。選りすぐりのお話たちはそれぞれ1話丸々掲載され、そこに各人がエッセイを寄せています。夢をかなえるためには、人生で必要なこととは。10人の、10人による、10人それぞれの『ドラえもん』。
 
<選び手・選んだお話>
猪子寿之/アート集団チームラボ代表
「アスレチック・ハウス」
梅原大吾/eスポーツプレイヤー
「あやとり世界」
梶 裕貴/声優
「さようなら、ドラえもん」
亀山達矢(tupera tupera)/絵本作家
「オモイコミン」
菅田将暉/俳優
「サンタメール」
田村 優/プロラグビー選手
「なかまいりせんこう」
辻村深月/小説家
「ぼくよりダメなやつがきた」
なかしましほ/お菓子研究家
「だいこんダンスパーティー」
はなお(はなおでんがん)/YouTuber
「思い出せ!あの日の感動」
向井千秋/宇宙飛行士
「野比家が無重力」
 
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さて、本書の“内容の充実度”や“読み応え“としては、思った程ではないでしょう。何せコミックスにも掲載されている話がなぞられているところに、著名な方たちのエッセイが4〜5ページずつ添えられているだけですから。ただ本書を読んで、幅広い層の色々な人が作品を自分なりに読み、思い思いの感じ方で影響を受けている様を見て、また『ドラえもん』の(てんとう虫)コミックスを読み返したくなったのはぼくだけではないはず。その意味で本書は、ドラえもんという作品の間口の広さを改めて認識させてくれるとともに、かつてのび太だったすべての人に、色々な感じ方や価値観があったことを思い出させてくれるものだと思います。
 
各界の皆さまのエッセイは素晴らしいです。お話のチョイスも。それぞれ独自の角度で読まれているのがとても面白くて、辻村深月さんの「劣等感や優越感を超えたところに友情は芽生える」という実体験を交えたお話はグッと来ました。ドラえもんの原作コミックスって実はブラックユーモアや皮肉が多く散りばめられていたりするんですが、大人になった今見返すとハッとさせられたり。かと思えば、田村さんやなかしまさんのように、子どもながらに感じたことが心に残っているものもある。絵本的な読み方が許されるというか、何がその人の琴線に触れるかわからないというのも、作品の魅力だと思います。
 
それにしても「あやとり世界」のお話のママのセリフ、「なんのやくにもたたないあやとりなんかやるひまがあったら、お勉強なさい!」などは、まんまeスポーツとかYouTuberとか、今の職業の多様性を思わせられますね。のび太のONE PIECEばりの「ぼくはあやとり大臣になる!」には久々笑いました。あと手がゴムマリであやとりができないと泣いて怒るドラえもんのオチも。起承転結は明快、緊張と緩和、オチが秀逸。『ドラえもん』は国語とお笑いの教科書ですよ。
 
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著名人でもなんでもないですが、もし自分が選ぶなら…と考えてみるなら、メッセージ性で挙げれば「ミチビキエンゼル」(3巻収録)と「右か左か人生コース」(42巻収録)でしょうか。
 
優柔不断なうえ何を選んでも結局うまくいかないのび太のために、ドラえもんが2択の解を導いてくれるエンゼル人形と、ある選択をした場合の予想を映してくれるチェッカーを出してあげるお話たちですが、この2話はのび太が“そちらを選べばうまくいかないことがわかっていながら道具に頼らずに自分の意思で道を決める“結末が共通しています。前者のお話では故障したドラえもんを助けるため、後者ではしずちゃんとの約束を守るために。
大人になると、失敗は怖いもの。また今は便利な世の中で、こうすれば大丈夫とかこれを選んでおけばいいみたいな情報に簡単にアクセスできて、それにすがってしまいたくなります。自分の価値観を大事にして、自分の意思で道を決めたいと、これらのお話ののび太を見て思うわけですね。
 
絵本的に選ぶなら、「時はゴウゴウと流れる」(34巻収録)でしょうか。無為に過ごして時間を無駄にするのび太への戒めに、ドラえもんがタイムライトという道具で時間の流れる様を視覚化して見せるお話なのですが、その時間の流れ方のすさまじさたるや。ばかばかしいようでいて、この話の数コマはいまだに胸に刻まれています。このあとの「とりかえしのつかないことをした」と頭を抱えて泣くのび太も笑えます(笑)
 
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自分はなにになりたいのか、どう生きたいのか。
人生に迷ったとき、背中を押してくれる一冊。今、子どもたちに読んでほしい、また大人になったからこそ読みたい「ドラえもん」がそこにあります。
 
人生の道しるべ:★★★☆☆