恋愛を語るに当たって、まずはじめに問い直さなければならない問題がある。これまでの小生のブログを読んだ諸君の中には、「この人の言う「恋愛」とは、何を対象として、何を目的としているのだろうか」という疑問を感じたものも少なくないはずである。

 そこで今回は、「恋愛」という言葉を、「恋」と「愛」に分けて、文字通り一字一句考えていく。

 

①「愛」

 「愛する」ということばの使用範囲は、かなり広いものである。「妻を愛する」「恋人を愛する」といった、異性を対象とした使い方以外にも、「犬を愛する」「車を愛する」「故郷を愛する」というように、人間以外の生き物、非生物、概念的な名詞など、非常に多くの名詞を目的語にとる。熟語としても、「人類」「隣人」「校心」「動物護」など、愛の対象として非常に広範なモノや概念を対象としていることがわかる。つまり、「愛」という言葉は、ありとあらゆるものに対して向けられる感情を指す、壮大で抽象的な言葉であるといえる。

 

②「恋」

 「愛」という言葉の対象が非常に広範に渡るのに対して、「恋」という言葉の対象は狭いものであり、性的欲求を前提とする。「花子に恋する」「太郎くんに恋する」「隣の子に恋する」とは言うものの、「車に恋する」という言い方は、ごくわずかな詩的な表現を除けば使われない。またその詩的な表現についても、「車に恋する」と言えば、「まるで異性に抱くかのような感情を抱くほど、車のことが好きである」という比喩表現であり、やはり性的欲求のニュアンスの上に成り立っている。このように、「恋」という言葉は、あくまでも性的欲求を前提としており、専ら異性を対象とする(例外として、LGBTなどでは同性に対して用いる場合もあるかもしれないが、今回の記事では話をシンプルにするために割愛する)。

 

 

 お分かりいただけただろうか。「恋愛」という言葉は、その対象が広範にわたり、抽象的な意味合いの強い「愛」という言葉と、異性を対象とし、性的欲求を前提とする「恋」という言葉が組み合わさってできた言葉なのである。

 そして、これらの2つの言葉は、相互補完的な関係にある。「恋」は、「愛」という抽象的な言葉に「異性、性的欲求」という限定的な指向性を付与する。「愛」は「恋」という言葉に、壮大な問題系への接続回路を開いてくれる。

 つまり、「恋愛」という言葉は、卑近な色恋を対象としつつも、人類や世界といったダイナミックな問題へのアプローチも可能にするものである。なんとも素晴らしい言葉ではないか!

 

 小生が恋愛を語るのは、単に卑近な問題に対しての解答を与えるためではない。それらの卑近な問題に対する思考を通じて、大いなるテーマを解き明かすためである。故に、小生が恋愛について語る際には、性的欲求を意識しつつも、語る内容はそれだけにとどまらない。

 

 諸君、今日も、目に入った異性に対して性的欲求を感じたかもしれない。だが、決して恥じることはない!諸君がその性的欲求から世界の真実を探求し、真なるloverとなった瞬間、国連事務総長と同じくらい、否、それ以上に、世界について、人類について考えているのである!

 

 なぜなら、そのとき諸君は「恋」と「愛」をしているのだから。