『傀儡』坂東眞砂子著
傀儡(くぐつ)あやつり人形
傀儡(かいらい)政権というのは、実権を持たない、家臣や他国の言いなりの政権のことだよね。
舞台は鎌倉時代、「将軍実朝が公暁によって暗殺され、鎌倉幕府の実権は北条氏に移った」のは、社会の教科書にも載ってるくらい有名だよね。
政権は安定せず、伝染病が流行り、人の心は荒み、救いを求めていた。
「教祖」みたいな人に頼っちゃうのはカンタンだ。でも、この時代義務教育もないし、知識がなくてそれしか方法のない人もいたでしょうし(今の感覚で決めつけるのは乱暴かも。)
一蓮托生というコトバの宗教的な意味はよくわかんないけど、なんかあやしいゾと思うわ。

「四国」で有名になった著者の(今のところ)最新作だよ。


『図書館危機』有川浩著
いいですねぇ「図書館戦争」シリーズ3作目ですよ。
こんな設定ありえなーい。と思いながらも引き込まれるし、荒唐無稽なのに説得力あるし、登場人物だってさ「いまどきこんなコいる?」って思いながらも、すっごく魅力的だし。
女のコだったら誰でも、郁ちゃんとお友達になりたいと思うはずだよ。
イジメに真正面から立ち向かう郁ちゃんは、カッコイイ。
お母さんとのカクシツの乗り越え方だって、不器用なりに一生懸命だ。
連休をひましてる人は、今からでも遅くない、本屋さんに駆けつけて「図書館戦争」シリーズを手にとってみて。
読みやすい。おもしろい。という衣に包まれてるけど、中身は真っ当かつ古典的よ。

『エミリーの求めるもの』モンゴメリ村岡花子訳
「エミリー」シリーズは、1914~1929年の間に書かれたそうである。
プリンス・エドワード島の風景は、100年前と変わっていない(とテレビ番組で紹介されていた。)
風景は変わってないけど、農村のコミュニティはどうなってるのかなぁ。

クラン(一族)の誇りは、今でも失われてないのでしょうか。

現在、日本の農村の伝統的な共同体は形骸化し、お葬式さえ「セレモニーホール」というご時勢なのよ。イナカを車で走ってごらん。葬儀場だらけだから。

で、昔のことを知ってる老人は違和感を感じるし、若い人は若い人で都会のような自由がきかないことに心底うんざりする。

田畑は荒廃し、駅前はシャッター通りだらけで、バイパスには全国どこでもあるようなチェーン店がならんでる。

老人は誇りを失い、若い人には職がない。

都会よりイナカのほうが住みにくいと思うよ。


『エミリーはのぼる』モンゴメリ村岡花子訳
「エミリー」シリーズを読んだのははじめてなのに、なんだかすごくなつかしい感じがする。
「アン」シリーズと似たような登場人物が(それも大勢)出てくるせいもあるけど、村岡花子先生の翻訳によるところがおおきいと思う。
「アン」は近年新訳が出たそうですが、村岡花子訳でずーっと読んできたので、新訳では「モンゴメリ」じゃないような気がするだろうなぁ。
今年は「赤毛のアン」出版100周年の記念すべき年なんですって。
松坂慶子さん出演の「アン」を英語で読むTV番組で、プリンス・エドワード島の映像が紹介されてたよね。
「エミリー」の舞台もプリンス・エドワード島ですから。
『可愛いエミリー』モンゴメリ村岡花子訳
そういえば、「赤毛のアン」は何回も読んだのに、「エミリー」は読んだことなかった。
「アン」がすっごい有名なわりには、「エミリー」には陽が当たってないよね。
確かに「アン」シリーズには夢がある。物語として成功してる。
どちらかというと、「エミリー」のほうが大人向けかな。
「アン」を読んで大人になった人に、ぜひ「エミリー」をすすめたい。
人の悪意とか心理面がやたらリアルで生っぽいのよぉ。
大人の視点で登場人物の心理面を眺めると、これがなかなか興味深いんですね。
すべての場人物には、モデルがいたらしいですね。なるほどぉリアリティあるもんね。

『東京島』桐野夏生著

現代版ロビンソークルーソー?

このご時勢に、無人島に流されるなんて、荒唐無稽で現実感がないんじゃないか、と思うでしょう。それが妙に現実感があってリアルなのよね。

無人島というのは、閉じられた世界でしょう。

(現実世界では)誰もが潜在的に閉塞感を感じてるわけでしょう。で、フィクションの「無人島」で人が壊れていく過程に、不気味なリアルを感じてしまうのではないか。

登場人物が全員なーんか気味悪いのよぉ。

「あの人がキライ」と思うときって、自分のイヤな面(キライな面)をその人に見ちゃうから「キライ」と思うんですって。

著者は人が悪いよね。で、いっつも「見てきたように」書いてる。

それもこれも、この小説家の魅力なんですね。

「東京島」は、著者が過去に書いたことある小説の、パッチワークのような物語かなぁって思う。



『グーグーだって猫である』大島弓子著

マンガの角川文庫版(1,2巻)を買いました。早く続きの文庫版出ないかな~。

映画で有名になっちゃったけど、原作のマンガもおすすめよ。

グーグーは擬人化された姿でなく、猫のままの姿で登場します。

「綿の国星」スタイルじゃないんですね。ぁあでも、グーグーかわいい。

動物と人間のかかわり、動物を飼っている人間側の事情。

人間にとって、自分の糧というか、だいじなものってなんでしょうね。

大島弓子センセイのマンガは、週刊マーガレット(少女フレンドかも)の頃から読んでました。10代の頃は、マンガ大好きだったもん。

大人になってマンガを読まなくなったのは、作者や読者と感覚が合わなくなってしまったからだと思う。

コドモの頃から知ってて、現在も現役で活躍している漫画家は、そう多くはいない。てゆうか、いまどきのマンガ事情がわかんないけど。

「グーグー」だって、映画化で広告が目にとまったわけで、映画になってなかったら知らずにいたと思う。

大島弓子せんせい、体の続く限り、マンガ書いてくださいね。



『パソコンは日本語をどう変えたか』ヨミウリPC編集部
20年くらい前まで、千葉県内に「葛飾」という駅があったのよ。
「葛飾柴又」が映画で有名になっちゃって、葛飾は柴又だけと思ってる人が多いらしく、まぎらわしいってことで、駅名変更を余儀なくされた(って伝わってるよ。)
東京埼玉千葉茨城に住む人でも、旧葛飾郡のことを知らない人多いかも。
そう、Vistaだと葛飾がヒじゃなくて人なのよね。(長かったネ~!)
日本語に漢字は避けて通れない。
この本、漢字とパソコン、日本語とパソコンの問題を中心に、パソコンの歴史まで遡って「パソコンは日本語をどう変えたか」をクエストしていく過程が興味深い。
自分じゃ横書きでブログ書いといてなんだけど(すみませんね、技術の問題)
この本、縦書きで右側から読んでいくスタイルなのがうれしいな。

パソコンとかの横書きのテキストって読みにくくて。慣れの問題だけ?

『流星の絆』東野圭吾著

そっそんなぁ。この結末ってどうよ。

ムザムザと著者のワナにはまってしまいました。

東野圭吾サン読者の心理を読んでますね。

「手紙」は、"加害者(とその弟)"と"被害者の遺族"の物語だったでしょう。

で、そういう先入観があるものだから、

こんどは、"被害者の遺族"と"加害者の息子"との恋愛ですかい。と期待しちゃうわけですよ。

あ、いけない。これ以上書くとネタバレになっちゃう。

犯罪の被害に遭うということは、ある日突然生活を壊されてしまうということだ。「被害者」になったその日から、日常が奪われてしまうのだ。被害者遺族が子どもだったら、なおさらだ。

人が犯罪に至るまでの道筋はさまざまだが、犯罪が実行されてしまうと、「手紙」や「流星」のような不幸が起こってしまうということだ。

もちろん推理小説としてのおもしろさも上出来です。

でもぉ、丸く収めたこの結末、実は不満です。

村上春樹はノーベル賞とれるんでしょうか。

ノーベル賞がとれてもとれなくても、村上春樹の小説の価値は変わらない。

けど、ノーベル賞作家の本てことで売上が増えて、出版社や本屋さんが儲かって、本をとりまく産業がすこしは元気になるかも。

それに、ノーベル賞作家の本でも読んでみましょう。という人が増えれば、村上春樹にはまる人も増えるかも。

で、村上春樹おすすめの3冊(えらそうなこと書いてるけどこの3冊しか読んでない)

「ねじまき鳥クロニクル」

「海辺のカフカ」

「ノルウェイの森」

どれも大人になってから読んだのですが、とくに「ノルウェイ~」と「カフカ」は、10代の頃に読みたかったなぁ。

「クロニクル」はね、鳥がギーッと鳴くこれからの季節に読むとおすすめよ。

どこかで読んだことあるような気がするのに、誰も書いたことない。いままでこんなの読んだことない。不思議なのに妙にリアル。

軽い軽い~と思って読んでくと、実は重いんだこれ。という現実に気づいて、ぁあと自分の軽薄さにガックリ。

小説としてのおもしろさも抜群よ。