しすかに、すこやかに、とおくまで:山本安英さんの色紙、「汲む」 | しずかに、すこやかに、とおくまで

しずかに、すこやかに、とおくまで

Chi va piano, va sano e va lontano.

(オリジナルは、夕鶴記念館(伊豆市)所蔵)

 

 

夕鶴記念館(2017年3月)

 

 

色紙(右)が展示されていました(2017年3月)

茨木さん没後、この記念館に収蔵されたようです。

 

 

 

この色紙のことを知ったのは、

20年ほど前になるでしょうか。

 


茨木のり子さん(詩人 1926-2006)

「汲む」(1962年発表)に

 

 

汲む ―Y・Yに―   茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになるということだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女の人と会いました

そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても

人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね

堕ちてゆくのを
隠そうとしても
隠せなくなった人を何人も見ました


(↓つづく)
 

 

 

に出てくる

「Y・Y」って誰だろう?
がきっかけでした。

 

 

 

Y・Y =

山本安英さん

(やまもとやすえ 女優 1902-1993)です。

 

 

 

 



NHKの番組アーカイブ(テキスト)で、
「新劇俳優 山本安英との出会い」

が紹介されています。

 


 

 

 

 

茨木さんは、

終戦後、読売新聞社主催の第1回戯曲募集に、

三河地方の民話を基にした戯曲を書いて応募し、

佳作に選ばれました。

 

 

 

茨木さんは

薬剤師の資格を持っていましたが、

その道に進まず、

将来を模索されていた中での受賞に
 

 


化学では落ちこぼれであったけれど

別に私を生かせる道があったという
暗夜に灯をみつけたような嬉しさだった

(エッセイ「はたちが敗戦」)
 

 

と、
のちに記されています。

 

 

そして、

佳作受賞がきっかけで

山本さんが茨木さんに励ましの手紙を送り、

二人は出会いました。

 

 

 

 

時は、終戦翌年の1946年(昭和21年)

 

茨木さん 22歳

山本さん 40歳代なかば

 

でした。

 

 

 

 

「立居振舞の美しい」

「発音の正確な」

「素敵な女の人」の山本さんは、

 

 

 

”初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました”



 

 

「大人になるというのは

すれっからしになるということ

だと思い込んでいた」茨木さんに語りかけます。



茨木さんは
 

「私はどきんとし
そして深く悟りました」

 

と書き、思いを綴っていきます。

 

 

(↓つづき)

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶
醜く赤くなる 失語症
なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇
柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい

あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている
きっと……

わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです

 

 

 

女優山本安英の存在は

詩人茨木のり子が生(な)っていくなかで

重要な養分であった、、、

 

 

時代を経ても

一篇の詩から

すごく伝わってくる気がします。

 

 

さて、

 

そのお二人の交流の中で

山本さんから

茨木さんに伝えられたメッセージ。

 

 


静かにゆくものは

すこやかに行く

健やかにゆくものは

とおく行く
 

 

 

このフレーズは

 


レオン・ワルラス(フランス 経済学者 1834-1910)
ヴィルフレド・パレート(イタリア 経済学者 1848-1923)

 

 

が好んで使っていた

と伝えられます。


彼らの活躍した年代からみて
この言葉は
明治、大正、昭和(戦前)期の日本に伝わり

感銘を受けた方たちは

少なくなかったと思います。

 


城山三郎さん(作家 1927-2007)

このフレーズ由来の

 

 

静かに 健やかに 遠くまで
 

 

をエッセー集のタイトルにしました。

 

 

 


 

そしてわたしも

縁あって

この言葉を知ることができました。

 

 

 

先日のカムイ旅では

「みずうみ」をめぐる旅をしました。

 

 

 

 

 

 

 

十和田湖の湖岸で
十六夜の映える静かな湖面を眺めながら

 

 

 

静けさ。

 

 

 

 

というメッセージを受け取りました。

 

 

 

うちうちの

ただ あるがままに

しずまっている

ここちよさ

 

そこに

たいせつなものが

生(な)っている

 

 

 

そのことを

この色紙のメッセージは

改めて伝えてくれている

ように

感じています。

 

 

 

最後までご覧くださり

ありがとうございますお願い