このあいだ、ネットで、モスキート音という単語を久しぶりに見て、ふと思ったことがあります。
モスキート音は、周波数の段階によって、ある年齢では聞こえるけど、ある年齢には聞こえなくなる音のこと。
犬には聞こえるけど、人間には聞こえない、犬笛という音もあります。
「モスキート音・犬笛は、最初、どのように発見されたのだろう?
もしも、自分には何も聞こえないのに、愛犬が何かに反応しているような行動を取ることを、ただ、『不思議』『犬には何か見えてるのかな。でも目に見えないし聞こえないから、気のせいだろう。どこか痒いのかな?』等で済ませるような人だったら、モスキート音・犬笛という音があることは、知られないままだったのかな?」
なんて、思いました。
もしかしたら、周波数や、波動のことを研究した科学者が、意図的に作ったものかもしれませんし、モスキート音や、犬笛について、深く調べたわけではありませんが、
ネットで、モスキート音という単語を目にして、そのように思ったことから、私なりに、この世界の素敵な点をまた、再確認することになりました。
どこかの、だれかの、何かにも、響くといいなと思い、またブログを書いています。
このまま、ひとまず、モスキート音や犬笛を例に、文章を続けます。
この世界には、恐らく、長年生きていても、モスキート音や、犬笛を、知らない人もいます。
例え、その人の近くで、犬笛の音が鳴っていたとしても、
その空間に、犬笛の周波数が広がっていたとしても、
その人の世界に、犬笛は、存在しません。
その人の世界に、犬笛が、存在していなくても、
その空間に、犬笛の周波数が広がっていることも
その人の近くで、犬笛の音が鳴っていることも、事実なのです。
周波数という言葉さえ知らない、見えない、聞こえない、触れることのできないものを、その人が、証明出来なくても、
犬笛の音が、その人の空間に、存在していることは、事実です。
その人が、犬笛という単語を知らなくても、
愛犬が、何かの音に反応しているように行動する様子を見て、
そのまま、たまたまだろうと流すのではなく、
時間やパターンを観察すると、
「あれ?いつも何かに反応しているのは朝10時頃だなぁ。平日だけだな。そういえば、近くの羊飼いの少年が、出掛ける時間帯だな。今度、羊飼いの彼に聞いてみよう!」
そして、少年に、犬笛を教えてもらい、初めて、犬笛を知ることが出来ます。
そこから、その人の世界にも、犬笛が、存在し始めます。
意識し出すと、
愛犬が、朝10時以外にも反応していたことに気が付き、
1日の中で、こんなにたくさん、犬笛が鳴っていたのだと、知ります。
その時から、その人の中で、愛犬の行動は、
ただ不思議な行動、ではなく、
犬笛に反応している行動、に、なります。
「意識しないと、その存在は、知ることが出来なかった」
『意識したものだけが、私の世界に、現れる』
ネットで見た、「モスキート音」という単語から、私は、
「私の世界にあるものは、私が意識し続けていることなんだ」
ということを、再確認した気持ちになりました。
ハタチくらいの頃からでしょうか。
その頃から、最初のうちは、努力してでも、意識し始めたことがあります。
「足りているものに、目を向ける」
「あるものに、感謝をする」
「周りから褒めてもらえる言葉を強みと知り、認める」
つまり、「当たり前に目を向け感謝する」ということ。
最初は、足りていると思うものを、どんなに小さなことでも、見つけ続けることが、少し、大変だったりしました。
当たり前が、当たり前じゃないと、感謝出来るようになるのが、簡単なことではなかったりしました。
でも、いつの間にか、ハタチの頃から7年以上が経ち、「当たり前に目を向け感謝する」ことが、当たり前になりました。
当たり前を、意識すること
そして、「モスキート音」の単語を目にした時、気が付きました。
ハタチの頃より、今は、もっと、しあわせで、自信があり、豊かで、恵まれているということ。
思えば、ハタチから、21歳、22歳…と、毎年、その度合いは、増していっていたこと。
それはきっと、私が、
足りていることに目を向け、
あるものに感謝をすることを
意識したから。
私の世界には、意識したものが、どんどん、増えてきていたのだと、気が付きました。
その間には、
何かを失った時も、自信が無いのを必死に隠していた時も、自信の無さから涙が溢れたり、後悔で苦しんだり、体調を崩して入院したり、望んでいたことが不可能だと知った時も、
いろいろな出来事がありました。
でも、それは、仕方ないことです。
運命だと思っていて
良いも悪いも、同じコインの裏表だと思うから
でも、今では、何があっても、
足りているものがあること、
感謝すべき、あるものが、あること
が、当たり前になっています。
実際に、受け入れられるかは別として、どんな出来事も、受け入れる覚悟で、
足りているもの、あるものを、大切にする
意識していく…
でもね、どんな出来事も受け入れる覚悟があるからこそ、
普段から意識している感謝や、足りているものと、
反対のものが、
増えていくことはないということも、わかります。
同じコインの裏表でも、意識している方だけが、光って見えます。
誰かから見た私は、
私が自分で思っているほどのものでは、ないのかもしれません。
でも、私の世界には、
私が意識したものだけが存在して、どんどん、増しています。
ネットで文字が読めること
ヒーターやお布団があること
温かいシャワーが出ること
冬に長袖を着られること
観葉植物を飾れるスペースがあること
植木鉢でお花を育てられる日光が当たるスペースが自宅にあること
飲みたいときに紅茶のストックがあること
咀嚼機能が正常で、内蔵が動いているから、美味しいものが自分で食べられること
手が指先まで動くこと
まつ毛が上を向いていること
首を動かせること
危ないときに声を出せること
雨をしのげる場所があること
髪でオシャレ出来ること
書き出すとキリがないですが、これからも、そんな、足りていることを意識して、
私の世界を、創っていきたいなと思います
意識すると、こんなにたくさんあったんだ!ということが、たくさんあります。
知らなくても、存在しているものが、たくさんあります。
裏を知っているなら、表もあります。
知っている裏の量に比べて、表の量が少なくても、その少ない表に意識を向けて、感謝を忘れずにいたら、
光の当たる加減は、表の方が、多くなっていきます

あるもの、足りているものに感謝することが、意識せずとも、
当たり前になっているこの頃、
モスキート音という単語は、その、当たり前の習慣を、再び、意識させてくれました。
寒い朝、おうちに遊びに来てくれた、綺麗な青い蝶々
