ラインアートストーリー プロローグ
- LineArt Story - Prologue
 
~小さな訪問者~
 
 
透き通ったブルーの瞳
 
ひらひらと風になびく
 
赤紫色の髪の女の子
 
木に登ったり
 
花をジーッと見たりして遊んでいる
 
・・・?
 
あれは何?
 
少しずつ拡大していく黒い塊
 
あ・・・
 
だめ・・・そっちにいったら・・・
 
いっちゃだめ・・・だめ・・・だめ・・・
 
 
がばっ!
 
 
「ピクセル=エイリアス」は
目を覚ました。
髪がひどく乱れている。
夢にうなされていたらしい。
 
うるさい目覚まし時計を止めて
思いきり背伸びした。
窓の外から指す光が眩しい。
 
寝室を出て
ゆっくりと木造の廊下を歩く。
仕事服に着替える前に
息子の朝ご飯を作らなければ。
 
こんがりと焼けてきた
バタートーストの香りで
息子のピクトが目を覚ました。
 
「まんま~」
まだうまく回らない舌で
話そうとする1歳の息子には
いつも癒される。
 
「おはよう、ピクト」
にっこりとピクセルが微笑む。
 
「さぁ、朝ご飯を食べましょう」
 
朝食後、急いで皿を洗い
仕事服に着替え
ピクトをベビーカーに乗せる。
 
パイオニア駅に着いた時には
もう保母さんが
ゲートの前で待っていた。
 
「それでは、よろしくお願いします」
息を切らして言うピクセルに対して。
 
「はい、責任を持ってピクト君を
お預かりします。
安心してお仕事に行ってらして下さい」
と、いつものように
にこりと笑って保母さんが言った。
 
ゲートの先に消えていく
息子達に手を振って
ホッと息をついた。
 
しかし、ゆっくりはしていられない。
今日の任務に行かなければ。
 
ソードを背中に背負い直し
気合いを入れる。
 
「・・・行きます」
そう呟くと
森に繋がる
テレポーターの中に入った。
 
シュンッ
 
ほんの一瞬で着いた。
草の上の朝露が
光に反射してキラキラしている。
これを見ると
いつもこう思う。
 
「こんな穏やかな森に
魔物がいるなんて不思議ね・・・」
 
しかしピクセルはプロハンターだ。
そんなヤワな事は言ってられない。
 
森で生息している魔物が
付近の住宅街に下りてきて
被害を起こしているとの事。
 
今日は、その魔物の駆除のための
任務でやってきたのだ。
 
森を奥に進んでいると
ふと近くに強い魔力があるのを感じ
その場に立ち止まった。
 
「こんな場所に・・・気のせいかな」
と考え込んでいると。
 
痛っ!
 
右肩に僅かな痛みと共に
切り傷が入った。
森に生息する魔物のブーマが
爪で引っ掻いてきたのだ。
こんな奴に私の体を
傷つけられたなんて。
 
「えーーいっ!」
 
ザシュッッ!!ドサッ!!
 
少しばかりの怒りと共に
ソードを振りかぶり
ブーマの体を斬りつけると
緑の草花の上にブーマが倒れた。
 
更に散策を続けていると
ブーマの集団を発見し
次々に倒していく。
 
数時間が経過し
ふと気がつくと
見渡せる限りの景色は
夕日に染まっていた。
 
「大体、倒せたみたいだし
今日は、そろそろ帰ろう」
 
小走りしながら
ゲートの出口に向かっていくと
視界の端に
何かが映った。
 
少し戻ってみると
そこには驚くべき光景が
広がっていた。
 
なんと木の影で
まだ幼い少女が
大量のブーマの群れに
囲まれているではないか。
 
「まだ、あんなに残っていたなんて
しくじったわ!
まずい!女の子を早く助けなきゃ!」
ソードを構えて
走り出した瞬間・・・。
 
バチッバチバチッ!!
 
少女の手から
もの凄い勢いの雷が炸裂した。
ギゾンデの魔法だ。
 
ブーマの群れは
一瞬で黒コゲになり
炭クズと化した。
 
ピクセルは唖然とし
自分の目を疑った。
今、起きた事が信じられなかった。
 
こんなに小さな子が
ここまでの強力な魔法を
使いこなせるなんて・・・。
怯えた様子も無い。
凄い魔力だわ・・・。
 
もしかして
さっき感じた強い魔力は
この子なのかもしれない。
でも、なぜこんな所にいるのだろう。
ここに住んでいるのだろうか。
そんな事は有り得ないが・・・。
 
「お嬢ちゃん、どこから来たの?」
ピクセルが優しく聞いてみる。
すると。
 
「あっち」
と、少女は北の方角を指さした。
そっちに行ってみるが
家らしき物など何も無い。
あるのは、果てしなく続く湖だけ。
 
それから何回聞いても
「あっち」しか指さない。
もしかしたら
間違えて森に迷い込んで
迷子になってしまったのでは?
きっとそうに違いない。
 
早く家に帰って
迷子届けが出ていないか
調べてみよう。
 
少しこの子を預からなければ。
ピクセルは
少女の身長までしゃがんで
優しく言った。
 
「あのね、よく聞いて。
あなたをここに、置いてきぼりに
しておく訳にはいかないから
一旦、私の家に来てちょうだい。
私があなたの迷子届が出てないか
探してみるから、ね」
ゆっくりと包み込むように
優しく言うと。
 
少女はそれに答えるように
「うん」
と、にっこり笑顔で答えた。
 
秋風が悪戯に2人の髪を揺らした。
よく見えない暗い芝生の道を
2人はゆっくりと歩いていった。
 
ピクセルはこの道が大好きだった。
ふわふわしていて
しゃりしゃりしている道。
遠い昔から知っているような
なんとも言えない馴染みがあったのだ。
 
家に着いた直後に
少女はソファーに倒れこむようにして
寝てしまった。
 
もう夜の10時を回っていた。
子供だったら眠くなるのは当然だろう。
 
実はピクセルもかなり眠かったのだが
少女の迷子届が出てないか
探さなくてはならない。
 
半寝半起の状態で
パソコンを起動して
迷子センターと交信する
アプリケーションを開いた。
 
パソコンのモニター画面に
「交信中」の文字が出ている。
10秒くらい経って
パッと画面に若い女性オペレーターが
表示された。
 
「はい、こちら迷子管理
システムセンターです」
迷子センターの言葉が聞こえると
ほぼ同時に
横のソファーで寝ている
少女の特徴を確かめながら言った。
 
「赤紫の髪色をした
6、7歳ぐらいの女の子の
迷子届が出ているか調べて下さい」
 
「少々、お待ち下さい」
と、オペレーターが答えると
画面から姿が消え
代わりに「検索中」という
文字が出てきた。
 
じっと画面を見つめ
10分くらい経って
オペレーターが表示された。
 
「申し訳ございません。
お客様のお探しになった女の子に
迷子届は出ていません。
他に私達がお力になれる事は
ございませんか?」
 
「・・・いいです。
ありがとうございました」
ピクセルは、そう言って
アプリケーションを閉じた。
 
フーッとため息をついて
椅子の上にもたれこんだ。
 
ふと少女の顔を見た。
何かがひっかかる。
どうもこの子とは
初めて会った気がしない。
どこかで会ったかな・・・。
などと考えていたら。
 
「うわぁぁぁん、うわぁぁぁん!」
ピクトが起きてしまった。
ピクセルは
よいしょと椅子から立ち上がり
ベビーベッドに寝ている
息子を抱き抱えた。
 
「よしよし、どうしたのピクト。
あっ、まだミルクあげてなかったかな」
急いでミルク瓶を用意しようと
キッチンに行こうとしたその時
部屋の薄暗い居間から
低い男性の声がした。
 
「お嬢様。私がピクト様に
ミルクを差し上げましたので」
声の主の名は
「クライアント=パッカード」
ピクセルの実家である
ラインアート家で
長年、執事に就いていた
初老の男性である。
 
パッカードは
ピクセルが幼少の頃から慕っている
親代わりともいえる存在であり
若い頃は、プロハンターに
就いていた経歴の持ち主。
また、ピクセルの剣術の師匠でもある。
 
ピクセルがプロハンターになるため
ラインアート家を出る時
執事を辞職し
その後、多忙なピクセルのサポートを
してくれている貴重な存在なのだ。
 
「ありがとう、パッカード。
今日はもう休んで下さい」
と感謝を込めて笑顔で言った。
 
「そのお言葉、お痛み入ります」
そう言うとパッカードは
静かに部屋の奥の闇へと消えていった。
 
パッカードが部屋に行ったのを
確認すると
その場に倒れこんだ。
 
いくら鍛えあげられた
プロハンターといっても
やはり男性ハンター並の仕事は
20歳の女性には少々無理がある。
 
しかし、プロハンターは高給とはいえ
将来的な蓄えを考えると
もっと稼いで
息子を養わないといけない。
 
だから、自宅では
コンピュータープログラムの
内職をしている。
いくらキツくても
家族のため頑張らなきゃ。
そう自分を励まし
再びデスクに向かった。
 
・・・カタカタ。
モニター画面の
右端に目を向けた。
画面には”6009メセタ”と
表示されている。
 
「とりあえず今日のノルマは達成した。
そろそろ終わろうかな」
パソコンの電源を切り
垂れ下がる目をこらし
時計を見た。
 
・・・6時。どうせ今から寝ても
1時間後にはピクトを
保育園へ送って行かなければならない。
 
ふと大量の本が積み重なった
自分のデスクを眺めた。
どう見てもこの光景は思わしくない。
 
「よし、この時間に片付けよっと」
 
ガタガタッ、バサッ。
医学書や哲学書
中には心理学書などが
混ざっていたりする。
 
その様々な本の中に
「ピクセルの生い立ち」と
題された1冊のアルバムを見つけた。
その古びたアルバムに
そっと手をかけた。
 
1ページ目の写真には
生後1時間のピクセルが写っていた。
懐かしみながら
次々とページをめくっていく。
 
そして5ページ目を目にした時
妙な違和感を覚えた。
そこに貼られていた写真には
7歳頃の自分が写っている。
別にこれといって
おかしな所は無い。
しかし何か変だ。
 
13年前の自分の姿に見覚えがある。
というか
最近見たような気がするのだ。
 
変だな・・・と思ったが
時計が6時半の鐘を鳴らした。
あと30分で息子を
保育園へ送って行かなければ。
アルバムを閉じ
最後の1冊を本棚に収めた。
 
そういえば
そろそろ、あの少女を起こさなければ。
壁際のソファーに駆け寄り
その小さな体を揺さぶった。
 
「もう朝ですよ、起きて下さい」
少女は少し身をよじらせ
ゆっくりと体を起こした。
 
赤紫色の髪から
少女の顔が現れた時
先程の疑問が解け
それと同時に大きな衝撃を受けた。
 
「おねえしゃん、
おはよぅ~ございましゅ~」
その少女の顔は
さっき写真で見た
7歳の自分と瓜二つであった。
 
他人の空似だろうか・・・。
いや、それにしては似すぎている。
悟られないように
少女の首筋をそっと見てみた。
 
・・・小さなアザがあった。
 
それは、ピクセルが
赤ん坊の時にケガをしてできたものと
同じ部分にあった。
ピクセルは自分の首筋にあるアザに
指を当てながら思った。
 
やはり、この子は過去の自分だ。
しかし何故、何故、
現在にいるのだろう・・・。
 
何故?
 
自分の持っている知識を
全て絞り出し
この矛盾している現状を考えた。
 
ほんの1、2秒の事だったが
可能性のある答えを一つ導き出した。
 
それはまだピクセルが学生だった時
学校で読んだ超自然現象関連の
書物に記されていた事項。
 
災いの前兆には
時として考えられない事が勃発する。
それは異常な天災や
時空の歪みなど・・・。
 
時空の歪み・・・。
それに入ってしまった者は
時間を超えて別世界へ行くのか。
四次元空間を彷徨うのか
現在の科学でも解明されていない。
 
もし、予想が
当たっていたら
何故、時空の歪みが起こったのか。
 
なんらかの原因で自然に起きたか
誰かが意図的に仕組んだ事によって
起こったか。
 
しかし原因がどうであれ
この子を無事に元の時代へ
帰さなければならない。
 
そういえば幼少の頃
不思議な世界に行った記憶がある。
そこで出会った女性ハンターに憧れ
自身もプロハンターになったのだった。
 
これからどうしようか・・・。
寝不足と疲労のせいで
頭がうまく回らない。
 
とりあえず名前を聞かなきゃ。
朦朧とする意識の中で
一番賢明な判断だった。
 
「あなたの名前を
教えてくれるかな・・・?」
 
自分が疲れているのを
悟られたくないピクセルは
出来る限り笑顔で言った。
 
「ピクセル=ラインアート」
 
予想していた答えが返ってきた後に
ピクセルは少女と同じ
自分の名を口にした。
 
「私はピクセル=エイリアスっていうの。
よろしくね」
 
その言葉を聞いて少女は
「わぁ、わたちと同じれしゅ~!
わぁい、わぁい!」
と無邪気に喜んだ。
 
しかし、この幼い自分は
笑顔とは裏腹に
今、大変な事が起こっているのは
確実だ。
プロハンターの直感で
そう感じた。
 
時計はもう7時を指そうとしている。
ピクセルは、幼い自分に
「待っててね」と
にこやかに言って
階段をすばやく駆け上がった。
 
そして、廊下の奥の部屋を開け
そこにいたパッカードに
事情を話した。
 
「・・・なるほど、そういう事でしたか。
あの事件ならよく覚えております」
パッカードは苦悶の表情を
浮かべながら言った。
 
13年前、7歳だったピクセルが
一時行方不明になる事件があった。
当時、身代金目的の誘拐だと
言われていたが
数ヵ月後、何事も無かったかのように
ピクセルは戻ってきた。
 
・・・そう、この時代に来ていたのだ。
 
「だから、あなたにも
時空の歪みの事を調べてもらいたいの。
それと原因が解るまで
あの子をうちで預かって
おかなきゃならないんだけど
あなたは絶対に、あの子に
姿を見られてはいけないわ」
 
ピクセルのその言葉に
パッカードは疑問を抱いた。
 
「何故でしょう?」
 
「あれから13年も経っているけど
あの子は多分あなただと判るわ。
あなたを見るとあの子は
過去と現在が
混乱してしまうでしょうから」
 
そこまで考えているとは
さすがお嬢様。
と、関心しているパッカードは
ピクセルの異変に気づいた。
 
足元はふらつき、髪はふり乱れ、
目の下にはクマまでできている。
 
「わかりましたお嬢様。
私は目の付かない所におりますので
安心なさって下さい。
それはそうと
あなた様はかなりお疲れのご様子です。
今日は私がピクト様を
保育園にお連れしますので
お嬢様はお休みになられた方が
よろしいかと」
 
「ありがとうパッカード・・・」
そう言うと
自室へ行きベッドに倒れこんだ。
 
遠くに息子の泣く声が聞こえる。
 
「ごめんねピクト・・・」
そう呟くと、ピクセルは
深い眠りに沈んでいった・・・。
 
 
~ラインアートストーリー 第1章に続く~