Pitymanは『ハミング・イン・ウォーター』再演につき、観劇三昧さんでイベントをします!楽しみですね。詳細は近日中にお知らせします。
そして速報第三弾を17日(土)15時に発表しちゃいます。よろしくどうぞ。
さて子供の頃から寒いと身動きが出来なくなる山下です。春が待ち遠しい。と、何年か前までは思っていたのに花粉症になってしまって今では春もつらい日々です。
先日、6月公演の『ハミング・イン・ウォーター』のフライヤー撮影をしてきました。まだ春というには早いのですが日差しが暖かく梅なんかが咲いていて、いい日和でした。俳優さんたちの和気あいあい感もほほえましくて色々楽しみだなと思いました。
今回は最近ちょっと考えている作品につながる思い出みたいなものをちょっと書こうと思います。
僕の実家は広島県の広島市の荒川くらいの大きな河の側のいわゆる住宅街にあります。電車は近くを走ってなくて、街の方へ出ようと思ったら車に乗るかバスに乗るかしかない所でした。田舎でもないし都会でもない政令指令都市の住宅街です。
そこで、当時僕がまだ小学校にも入ってなかったくらいのころ近所の友達と頻繁に遊びにいくすぐ近くの家がありました。
そこはご夫婦でお二人とも目が見えない方が住んでいました。僕たち近所の子供はその方の飼っていたプリンとゼリーという盲導犬に会いに行っていました。二匹とも多分ラブラドールだったと思います。犬に詳しくないし、子供の頃の記憶なので確かじゃないですが大きな犬だったことを覚えています。
二匹の盲導犬はとても賢く、子供がキャッキャッ騒いだり撫で回したりしても吼えることはもちろん、怒るようなことも一切ありませんでした。彼らと遊んでいて「怖い」と感じたことは一度もありませんでした。
ご夫婦もとても穏やかで優しく、たまに遊びに来る子供たちにプリンとゼリーを会わせてくれました。
僕は家に帰って想像しました。彼らはどうやって生活しているのだろう。どこかに行くのは盲導犬の助けを借りていくことが出来るのは理解できました。料理や洗濯、物がどこにあるのか、仕事はどうしてるのか。目が見える世界で生きている僕には不思議でした。家の中で目を瞑って色々やろうと何度も試みましたが、知っているはずの家の中ですら何も出来ませんでした。
世界というのは「見えているもの」がある世界があって、その中でご夫婦は「見えない」人だったんでしょうか?僕には僕の、ご夫婦にはご夫婦の「世界」(それは僕とは全く違う感覚の体感の中での)があるんじゃないか。大人になって自分の体験したり感じたりする世界が人と齟齬があって、僕たちはそれをなんとかすり合わせながら生きているなと思ったりします。
でもそれは自分の見ている世界が全ての世界と共通しているわけではないという事でもあります。地層に興味のない人とってのただの山肌が、地層学者にとっては何千年もの時代や、そう当時の災害、もっと大きな地形単位での大地の動きが見えるように。
人間にとって何でもにない水溜りが、小さなありにとっては生死を感じる海のように見えるみたいに
だとする視覚障害があり、視覚障害を抱えたパートナーと盲導犬と生きる彼の世界はどんなだったのか。あるいは彼女の。という事を考えます。
見えないから欠落しているように感じるのは「見える世界」からの見方です。むしろ「見えない世界」からの見方には「見える世界」にはない何かがあるのかもしれません。
そんな事を考えたりしています。でもこれを作品にするのは多分もう少し後です。今はとにかく『ハミング・イン・ウォーター』です。次は「ハミング~」のことを書こうと思います。
山下 由