上画像は、2018年3月撮影の「モニ226」。

 

 三岐鉄道北勢線阿下喜駅に隣接する「軽便鉄道博物館」の保存車両です。

 

 1931年、日本車輛の製造で、当時の北勢鐵道が電化に際し「モハニ55」として、新造しました*。

 

 特徴は妻面の三枚窓でしょうか。

 側面は二段窓で、上段が固定、下段が上昇です*。

 

 

 上図は、1950年応急修正の五万図「桑名」。

 

 員弁川の左岸、員弁郡阿下喜町に、当時の三重交通阿下喜(あげき)駅があります。

 

 北勢鉄道は、1934年「北勢電気鐡道」と改称し、1944年に県内の同業他社と合併し[「三重交通」。

 そして、その折に「モハニ55」から「モニ226」へと改番されました*。

 

 三重交通は、1964年に三重電気鉄道と改称、翌65年、近鉄に合併。

 「モハ226」は「モハ225」とともに、同社の北勢線から内部・八王子線に転属となりましたが、1983年6月、さよなら運転**。

 

 四日市市桜町の四日市スポーツランドに展示されることいなりました***が、

 

 

いなべ市が譲り受け、2007年に阿下喜駅へ移送された、という経緯のようです(『中日新聞』2008年10月9日付北勢版、上画像)。

 

 一方、同じ1931年に日本車輛で製造されたモニ221~224は、その後も北勢線で活躍したものの、1992年9月の「さよなら運転」****をもって引退し、廃車解体。

 

 私は鉄道ファンではなく、ただの歴史好きに過ぎないのですが、現役当時の220系に乗車したこともあり、少し懐かしい思いで、今日はこのブログ記事を書いてみました。

 

*藤井信夫「私鉄車両めぐり【78】 近畿日本鉄道〔5〕支線区」、(『鉄道ピクトリアル』224号、1969年5月)

 

**『鉄道ファン』No.269(1983年9月)に、1983年6月3日松尾彦孝氏撮影の写真が掲載されています。

 

***『鉄道ピクトリアル』No,727(2003年1月)に、2001年3月11日中村滋人氏撮影の写真が掲載されています。

 

****『鉄道ピクトリアル』No.727(2003年1月)に、1992年9月15日三枝良美氏撮影の写真が掲載されています。