(前回より続く)

 

 

 祠に詣でて、矢津の大杉を見た後、矢頭山の山頂へ向かいました。

 

 

 「注意 熊目撃の情報あり」ということなので、熊鈴をつけ、

 

 

次に、道標「登山口」に貼り付けられた「登山情報」を見ると、

 

 登山道にて治山工事中の箇所がありますので通り抜けできません。林道から入山してください。

 

というわけで、今回は矢津峠(登山口)から登ることにしました。

 

 

 林道脇の登山口からの山頂までの標高差は約360m。

 

 

キャンプ場からは90分、矢津峠からは70分ほどで、山頂に到着しました。

 

 

 標高は730.55m、

 

 

四等三角点で、点名は「矢頭山」です。

 

 標石の「四等」という字が左書きであるということは、戦後の設置。

 

 今西錦司「四等三角点」*に、

 

 頂上に四等三角点の「標石のある」山を見つけることができた。たとえば二本木図幅の矢頭山(731メートル)や、篠山図幅の高山(660メートル)がそれである。

 

とあり、

 

 矢頭山も高山も、どこから見ても顕著な、りっぱな山であったがいまではその頂上に四等三角点のおかれた、結構な山になっていることを確かめえたので、さっそく二つともありがたく登らせてもらった。

 

 矢頭山が「どこから見ても顕著な、りっぱな山」で「結構な山になっている」としても、彼がここまで「ありがたく」登りに来ていたとは、驚きです。 

 

 

 山頂からは、手前に長谷山、遠く霞んでいるのは養老山地。

 

 

 北東には、JFEエンジニアリング(旧日本鋼管)の津製作所と伊勢湾。

 

 

 南奥には局ヶ岳から、

 

 

 稜線沿いに、栗の木岳と修験業山。

 

 

三峰山のさらに西(右)に見えている鋭峰は、高見山でしょうか。

 

 今西錦司氏によると、

 

 若いころには重い登山靴で、三角点を踏みつけたものだが、このごろはふれ方がかわって、スキンシップとやらいうのかもしらぬが、たなごころをそっと石の上におくことにしている。

 

ということなので、私も掌をそっと三角点の標石の上に置き、帰宅の途につきました。

 

*今西錦司『山の随筆』(旺文社文庫、1979年)