私はいらない子供 | うつ病・発達障害・AC・家族機能不全それでも社会復帰を目指して!!

うつ病・発達障害・AC・家族機能不全それでも社会復帰を目指して!!

元『ぅりぼう』復活!!私と旦那たまとのその後。。。
改めてブログを始めました。
旦那たま入院→退院後の事。
私の持病や夫婦で発達障害の検査を受けたりとてんこ盛りです。
どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m。

そう思うようになったのは、父親違いの弟が生まれた時からだ。


私の家族構成に『弟』となっていない。


弟がこの世に生まれてきたせいで、私が壊れてしまった。


弟が生まれた事によって、母親は私の全ての人格を『否定』ばかりするようになった。


大事な事は何1つも話をしてくれない。


母親から相変わらず手をあげられていた。


これが問題だったんだろう。


私は弟を『叩く道具』として捉えていたのだ。


弟は覚えていないだろうが、私は気に入らない事があることに弟を叩いていたのだ。


発達障害障害に多い『衝動・攻撃行為』が極端に少なかったのは、そのはけ口を『弟』にターゲットにしていたからだ。


母親は『子供達に対する差別は一切していない。』と言い切っているが、母親の実の両親は既に見極めていた。


祖父母が帰ろうとすると私が泣き出し、『おじいちゃんの家に一緒に帰る。』と聞かなかったそうだ。

私は本当に母親と一緒に居たくなかった。

祖父母も私が余りに泣きじゃくるので、つれて帰ってくれる。


同居するまでこの様な状況が続いた。


私の両親は祖父母だと思った程だ。


私が実家に帰らないのは、私の役割が初めから無いから。


『姉』としての役割も母親の全否定で私の立場も何もない。
母親はイライラすると私をイジメのはけ口として『人形』としか見ていなかったのだろう。


私を生まなければ良かったのに。。。


『早く消えてしまいたい。』

5才の時の私の気持ちで、今でもこの気持ちは変わらない。


家族構成は全く違うけど、旦那たまだけは私実家の確執に違和感がずっとあったと(妹旦那も気付いていそう)。


どの彼氏達も母親の裏の顔を見破れなかった。


それを見破った旦那たまは凄い!!