「私説桶狭間」40回目です。こちらです。


この稿を書くにあたって、戦国時代の会席料理ってどんなものを食べていたかを調べました。

すると、いろんなもの食べてたんです。バラエティー豊かでした。


例えば汁物では豆腐、芋、大根、椎茸等をはじめ、牛蒡、竹の子、なすび、松茸、シメジ、ワラビ、豆、ウドなど野菜類。海鮮は鯛、鮑、タラ、白魚、鯉、鱸、蛤、カキ、クジラ、タコ、フナ、フグなど。肉類は鳥、鶴、雁、ハンの鳥など今なら食べられそうにないものも。

その他ミソヤキ、納豆、いりこ、コンニャク、フ、トロロ、モズクなどもあったようです。


で、義元たちの茶会ではどんなコースでどんな料理を出せばいいだろうと思い、どうせやるなら駿河づくしにしようと食材を調べました。


まずお茶ですが、駿河の国に茶の香りといわれるほど茶畑が広がるのは江戸時代になってからだそうです。ただもっと昔から駿河にお茶畑はあったようで、鎌倉時代の初めころに聖一国師という高僧が茶を植えたのが始まりだそうです。

南北朝時代の本にお茶を当てあう『闘茶』の記事があり、その中で「駿河 清見の茶」が優れていると書かれています。

清見の茶は清水市の清見寺のお茶ということで、戦国時代も銘茶として有名だったとのこと。後に出てきますが、領地が近いということもあり、葛山氏元の領地の茶を使ったという設定の元になりました。


あと、駿河名物ででてきたのはワサビ。でも駿河で本格的に栽培されたのは江戸時代初期ということで不採用。また、お寿司や刺身にワサビを使うのは江戸時代後期ということです。

桜えびも漁が始まったのは明治時代になってからのこと。これもアウトでした。


そんな感じで、結局駿河づくしは出来なかったのですが、初夏に当時の駿河にありそうなものということで食材や料理を考えていました。

素人考えなのであり得ない流れなんかもあるかもしれませんが、まだ現在のように茶会の流儀が確立されていない当時の時代、誰もどうやっていたのかは知らないのだから、何でもありかな、とも思いました。


でも実際、当時はどんなものを食べていたのでしょう。

実は茶会の記録などは残っています。でも普段の食卓となると難しいようです。

漫画なども含め関連本は増えているように思うのですが、まだまだ分からないことが多いですね。歴史って意外と『普段の生活』は記録が残らないですし。