なんとなく思うんですが、流行ってるんでしょうね?平安時代。
今度の大河は「平清盛」で、今やってる映画に「源氏物語」があるし、関連本は結構出てるし。


というわけで、今回のネタは「小倉百人一首」にしました。


クリスマスも近いし、やっぱり恋愛ネタかな、と思いながら見ていると、結構今でも通じそうな事書いてるんです。“あるあるネタ”っていうんですかね。


しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

確かに恋愛するとすぐ顔に出る人っています。ただ本当に隠そうとしているのか、実は言いたくて仕様がないのか分からないときがありますね。


で、こうなります。

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

ばれるんですね。「あいつあの人の事好きらしい」という噂がたつわけです。本人は誰にも気づかれないようにしてた、と言いますが、大体誰かに話してるんですね。


逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり

お付き合いが始まり、契りを交わした(要するにエッチしたですね)後のいろいろな思いに比べると、片思いをしていたときは何も考えてなかったようなものだ、という歌です。
いわゆる“初期症状”ですね。実は一番いい時期かも知れません。後になって一番なんも考えてなかったな、と思うのがこの時期だと思います。


明けぬれば 暮るるものとは知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな

同じく、夜が明ければやがて日が暮れ、あなたに逢えることは分かってるけど、やっぱり夜明けは恨めしい、という、はい、どっぷりの時期ですね。


嘆きつつ ひとり寝る夜の明くるまは いかに久しきものとかは知る

幸せな時間はそう長くは続きません。独り寝の夜明けまでがどんなに長いか、あなたはきっとご存じないのでしょう、つまりめったに来てくれなくなってるんですね。この歌、作者は女性ですが、最近は男に多いような気がします。


やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな

あなたが「今夜行くよ」と言わなければ寝てたのに、とうとう夜が更けて西に傾く月を見ていました、という歌です。釣った魚に餌は上げない状態ですね。でも、こんなことする奴が案外もてたりするんですよね。


今はただ 思ひ絶えなむとばかりを 人づてならで 言ふよしもがな

今はもうあなたのことは諦めよう。でもそれを人づてでなく直接伝えられたら。

要はもう一度逢いたいという未練たらたらの歌です。作者はやっぱり男です。
(実際は、女性側の父親、それも天皇に引き裂かれた恋の歌だそうです。念為)


では、最後に、
ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

長生きすれば今も懐かしくなるのかな、辛いと思っていた昔も、今は恋しく思えるのだから。
年をとれば取るほど分かるような気がします。やっぱり、誰もが、こんなことを思うんでしょうね。


いかがでしたでしょうか。筆者が筆者なのでハッピーエンドとはいきませんでしたが、いつの時代も恋愛は同じようなものなのかも知れません。


ところで、最初平安時代を導入にしましたが、小倉百人一首って鎌倉時代に成立したものなんですね。
まあとりあえず、取り上げた歌が平安時代ということでお許しください。はい。


ということで、(グダグダではありますが)よいクリスマスを。