テレビの次はスマートフォン、そして2月26日にはニンテンドー3DSが発売され、なんとなく定着しそうな3D。
発売に呼応するように、ナチスドイツ作成の3D映画が発見されたというニュースもありました。75年前の1936年で、当然白黒の画面だそうです。世界初のカラー作品が1935年ということだから、ほぼ同時期なんです。
で、今回は江戸時代にもあった3D技術のお話です。
まず最初の主人公は平賀源内。エレキテルで有名な人ですが、蘭学者、戯作者、発明家、山師など、多彩な才能をもっていた人です。土用の丑にうなぎを食べる習慣をはじめに作った人としても有名です。(事実かどうかは別にして)
この人、画家の顔も持っていて、蘭画(西洋画)にも造詣が深かった。自分が作った歌舞伎の、これまた舞台装置を作ったときに、遠近法を利用してものすごーく奥行きのある大広間の絵を描き、観客を驚かしたそうです。(3D話その1ですね)
源内が鉱山開発のために秋田藩に呼ばれた際、藩士の小田野直武に西洋画を教えることになりました。
最初の課題が「真上から見たお供え餅」です。
これが、後の浮世絵などにも大きな影響を与えた『秋田蘭画』の始まりといわれています。
日本画は線で描くため、こういう絵がすごく苦手なんです。蘭画は面でとらえ、陰影をつけるから立体的な表現が得意なんです。(3D話その2)
『秋田蘭画』は日本画に遠近法や陰影法などの西洋技術を取り入れた和洋折衷絵画で、秋田藩のお殿様である佐竹曙山や一族の佐竹義躬なども参加しました。
身分を超えた一種サロン的な雰囲気だったそうです。
次は主人公が変わります。平賀源内や小田野直武に師事したといわれる司馬江漢です。
彼は日本で初めてエッチング(銅版画)に成功した人としても有名なのですが、そのとき覗きからくりもつくったのです。
凸レンズと鏡を通して片目で見ると立体的に見えるという仕掛けで、見る絵は『眼鏡絵』と呼ばれていました。
この絵と装置は大流行し、浮世絵などにも描かれているそうです。
以上、江戸時代の3D技術をお伝えしましたが、どうでしょうか.
それにしても鎖国の時代にこれだけの西洋知識を吸収していた当時の知識欲って、すごいと思いません?