この前、「ぴっぴら帳」(こうの史代)という4コマ漫画集を読んでいると、こんなお話がありました。


 お父さん「やれやれ……クリスマスクリスマスと、キリスト教徒でもないくせに」
 お母さん「まったくねえ……」
 お母さん「日本にはもともと八百万の神がいてそれぞれに合ったまつり方をして

       きたんですよ……」
 お父さん(うんうん)
 お母さん「それを今さらひとり増えたぐらいでつべこべと」
       「あんたそれでも日本人かい!?」
 お父さん「オレかい!?」


なるほどなあと、笑うというより感心してしまいました。


確かに、古事記の時代から日本は八百万の神が生ける国でした。
そして、神々の頂点に立つのが天照大御神で、皇室の御祖神でもあります。


そんな日本に仏教を推奨したのは当の皇室です。
推奨したのは聖徳太子で、聖武天皇は国教にまでしてしまいました。1200年以上前のことです。


平安時代初期には最澄・空海という巨人が出現し、鎌倉時代は親鸞・日蓮など、今の日本の仏教につながる宗祖たちが登場します。


それに対して、神職からは名のある人は全くといっていいほど出ていません。
でも、土地の神様や神社は、脈々と受け継がれていってるんですね。


そして戦国時代、1549年にフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸しました。
キリスト教伝来です。


最初は織田信長という庇護者がいたことで、キリスト教は各地に広まりました。
しかし、豊臣秀吉によるキリスト教禁止、そして徳川家康から始まる鎖国策により、キリスト教は異教・邪教として弾圧されました。


明治に入り、時の政府は「神仏分離令」や「大教宣布(天皇を神格化し、神道を国教と定めた詔書)」などの政策を出し、『廃仏毀釈』運動が起こります。
お寺や仏像を潰そうという運動です。


どうもそれまで特権階級だったお坊さんに対しての鬱憤が爆発した結果だったようです。しかし、被害はお坊さんだけではありませんでした。歴史的な史跡が次々と破壊されていったのです。


例えば、現在は国宝になっている奈良興福寺の五重塔が25円で売りに出されたそうです。調べてみたのですが、現在だとどうも50万円にも鳴らない位の価値みたいです。薪用とされていましたが、あながち冗談でもなさそうです。


そんな中、諸外国の手前、ずっと禁教だったキリスト教は解禁されます。明治6年(1873年)のことです。


明治から大正にかけてクリスマスも普及しました。昭和2年の朝日新聞には「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれているそうです。


要するに、日本は一神教の時期がなく、国教といってもなんとなく中途半端だったんですね。なぜか、と問われると、よくわからないのですが。


でも、僕個人としては好きです。こんな八百万的な状況の国。


キリストとブッダが安アパートにシェアリングして、下界のバカンスを楽しむなんて内容のマンガ、世界中探しても日本以外どこも成立しませんよね。


宗教に関して、日本はとてもラッキーだと思うのは、僕だけでしょうか?