けららというかわいらしい店名は南インドのケララ州が由来だろう。日本でインドカレーと言うとバターチキンカレーとナンのセットなどが定番だが、これは北インドのカレーである。インドのカレーは北インドと南インドで味が大きく異なっている。

 北インドは濃厚なカレーで、南インドではシャバシャバの辛いカレーが食べられている。インドは年中暑そうなイメージがあるが、インドは国土が広大なので北のヒマラヤ山脈近辺ではダウンジャケットやマフラーが手放せないほど寒い季節もあるし、南インドはインド洋に面する亜熱帯地域なのでヤシの木が茂るマリンリゾートも多い。寒い地域では体を温めるために濃厚でこってりとしたカレーを食べ、暑い地域では汗をかいて体温を下げるために辛いカレーを食べるのである。

 

 日本で有名なナンやチャイも北インドの食べ物で、南インドではナンやチャイが食べられることはほとんどなくライスやコーヒーがそれに替わる。同じ日本でも北海道と沖縄の気候が全く違うようにインドも北と南では気候も食事も違うのである。


 先に挙げたように日本にインド料理として伝わっているほとんどの料理は北インドの料理と言っても過言ではない。なぜ日本には南インド料理屋が少なく北インド料理屋が多いのか。これは推測だが、ネパール人のシェフたちが北インド料理を日本に広めたのではないだろうか。

 インドカレー屋には看板に『インド・ネパール料理』と書いてある店が非常に多い。ネパールはインド北東部と隣接していてヒンズー教でインドと同一文化でもあるし、ビザなしの渡航も認められているのでネパールから北インドに渡って料理の修行をするシェフが多いと考えられる。その北インドで料理の修行をしたネパール人シェフたちが日本に来てインド・ネパール料理屋を多数開店していったことで、日本ではインド料理と言えば北インド料理になったんだと思われる。

 

 僕がカレーを食べまわるようになって最初にハマったのは南インドのカレーだった。食べ慣れた北インドカレーとは違い、スパイスの効いたカレーは刺激的だった。けららのカレーは南インドカレーを源流とした日本のカレーで、昨今ブームになっているスパイスカレーの始祖とも言えるだろう。

 

 けららのカウンターに立って注文を受けたり配膳するのは奥さんとおぼしき日本人の女性で、店内には年代物のキャノンやライカのカメラが飾られていて、カウンターの目の前にはスパイスが入った瓶が並べられている。そう言えば外の看板には『スパイスで元気!』という一言が添えられていた。

 

 赤縁の不思議な五角形のかたちをした窓から穏やかな陽光が差し込む。奥の厨房で調理をしているご主人の顔を見ることはできなかったが、カレーができあがる度に「あがったよー」という声がキッチンから聞こえてきて、店内は華やかなスパイスの香りで包まれた。