僕が初めてダルバートを食べたのは小岩のサンサールという店だった。サンサールは2017年から始まった食べログのカレー百名店に毎年選出されている有名店で、ネパール料理のダルバートが評判の店だった。僕はまだダルバートというものを食べたことがなかったので、小岩に立ち寄った際には絶対に行きたいと思っていた。ダルバートの名は昔から目にしていたが、ネパールの定食と雑誌やネットで紹介されていたので勝手にカレーとは違う食べ物だと思い込んで今まで食べてこなかった。

 小岩にはBushBashというライブハウスがあり、その日はFRIENDSHIPというハードコア・パンクバンドのアルバム発売記念ライブがあったので小岩を訪れた。FRIENDSHIPのライブを見るのは初めてだったが、ベースの飯田さんという方はBushBashのオーナーの柿沼さんがボーカルを務めるFIXEDというバンドでも活動されていて、飯田さんの演奏を聴くのはFIXED以来2回目だった。

 ちなみにFIXEDのDearというアルバムジャケットはBushBashの前で撮影されていて、店の前の歩道にドラムセットとファミリーサイズの冷蔵庫くらいあるバカデカいヴィンテージアンプが2台ずつドラムセットを挟むように並べられていて、歩道の上に柿沼さんが立ち、ドラムセットの椅子の上にドラムの宇宙さんが立ち、両サイドのアンプの上にギターの魚頭さんとベースの飯田さんが立つ姿が一枚の写真に収められている。まるでアンプの山を踏破した登頂写真のようなこのジャケットはいかつさと何とも言えないかわいらしさを融合したハードコア・パンク史に残る秀逸なジャケットで、僕は見る度に笑ってしまう。

 この日のライブはFRIENDSHIP以外に横浜のFIGHT IT OUTと大阪のPALMも出演した。FIGHT IT OUTもPALMもアルバムや
Tシャツを買うほど好きなバンドで、この2組のライブを見られただけで僕は幸福に満たされていた。

 ライブ後、僕の心は充足感で包まれていたが腹は空だったのでサンサールに寄ってから帰ることにした。チキンマサラなどの普通のカレーを注文しようかと一瞬迷ったが、せっかく行きたかった名店に初めて来たので名物のダルバートを注文することにした。

 ダルバートのおいしさは衝撃的だった。ダルバートはダルとバートとタルカリとアチャールの4点がセットになっていて、ダルは豆のスープ、バートはごはん、タルカリはカレー味の野菜、アチャールは漬物で、それらを自分の好みで混ぜ合わせながら食べるのだが、おいしすぎて僕の頬もダルバートの中に落ちて一緒に食べてしまったんじゃないかと思うほどだった。

 それからというもの僕はダルバートに激ハマリして、恵比寿のソルティーモードや渋谷のネパリコ、新宿のサンサールなど都内でダルバートが食べられる店を調べてはダルバートをあさるダルバートハンターになりダルバート三昧の生活を送っていた。そんな時に見つけたのが新大久保のソルティカージャガルだった。

 この店は他のネパール料理屋とは比べ物にならないほどの段違いの現地感だった。まず店の看板に日本語が一切使われていない。日本人に入店してほしいとはひとかけらも思っていないような、日本人の入店を拒否するかのようにも思える店の面構えだった。店の前には店内に入り切らなかった豆やスパイスが乱雑に積み重ねられていて、店内に入ると6畳ほどのスペースにネパール現地の食材が壁一面びっちりと陳列されてあり、どこにも食事をする場所がなかった。店員にダルバートを食べたいと伝えると、店員はネパール語で何か話しながらレジ横ののれんを開けた。

 のれんの先には部屋があり、テーブルと椅子が置かれていた。合言葉を言うと秘密の部屋に通されるという映画のワンシーンのような体験にテンションは上がったが、同時に普段感じることのない類いの恐怖を感じた。この部屋に入ってしまったら、何か起きても誰も助けに来てくれないんじゃないかと本能的に思った。新大久保にいるはずなのに、この部屋だけは治外法権が与えられたネパールそのものだと思えた。どれだけ叫んで助けを求めても外に僕の声は届かず、ここからもう逃げられないんじゃないかと思い恐ろしくなった。

 ちゃっちゃっと食べて一刻も早くここから立ち去りたいと思い、テーブルに置かれたメニューを見ると看板にはなかった日本語がメニューには書かれていた。

 BEER 生ビル
 COLA コラ
 SODA ソダー
 TEA ネパールチャー

 思わず吹き出してしまった。日本人にちゃんと伝えようとしている気持ちが汲み取れたし、誤字に必死さがにじんでいて、たまらなくかわいく思えた。
 
 サラダの欄に書かれたSolti Special Saladの隣には

 ソルテイイ スペスル サラダ

と書いてあった。