僕は30cmのスニーカーを履いている。

 

 足長の実寸は26cmなのだが、横幅が異様に広く甲も高いので、普通に足長でスニーカーを選ぶと全く足が入らない。色んなサイズを試してみた結果、足の幅に合わせると30cmのスニーカーが一番履きやすいことがわかった。30cmという響きに大いに抵抗は感じているが、今まで散々色んなサイズを試してみた結果が30cmなのだから仕方がない。

 

 東京に来て間もない頃、たまたま立ち寄った秋葉原のスニーカー屋で詳細な足のサイズを計測してもらったことがあった。その時、計測してくれた男性店員が驚いた様子で「お客様のワイズはGですね」と興奮気味に言ってきた。僕はそこで初めてワイズという言葉を知ったのだが、ワイズとは足囲のことで足の横幅をぐるっと一周測った長さらしい。

 

 ワイズはスニーカーの横幅の大きさを表すためにアルファベットで分けられていて、小さいものから順に『A』『B』『C』『D』『E』『2E』『3E』『4E』『F』『G』と10段階になっている。店員が言うには『G』の次の『H』は日本では存在していないらしくて、アメリカで1足だけニューバランスが『H』のスニーカーを作っているらしいという都市伝説まで教えてくれた。一般的なスニーカーのワイズは『D』なので、ほぼ世界最大のワイズ『G』の僕が普通のスニーカーを履ける訳がない。

 

 僕はふざけて「ワイズがGってバストのカップ数みたいですね」と店員に言ったら、彼は「そうですね、お客様のワイズはバストで言うと……!? Jカップですね」と言った。僕は急に自分の足がとてつもなく大きな鉛の塊になったように感じた。前世で何か悪いことをしたせいで、こんなミッキーマウスの靴みたいな足になってしまったんだろうか。ミッキーマウスの靴はかわいいが、僕のは靴じゃなくて足だ。全然かわいくない。

 

 店員が薦めてきた27cmのワイズGのスニーカーは、僕が知っているスニーカーの形とは全然違っていた。わらじハンバーグにしか見えなかった。どう見ても絶望的なダサさだった。色も用務員のおじさんが履いているような地味な灰色で、せめて黒であれよと思った。

 

 自分の足がこれからわらじハンバーグになると思うと耐えられない気持ちになったが、今までワイズDの28cmのスニーカーに無理やり足をねじ込んで痛みに耐えながら毎日スニーカーを履いていた僕は、自分の足に合ったスニーカーを一度でいいから履いてみたいという気持ちがずっとあった。

 

 僕は、その願いを叶えるのは今日なんじゃないか、友達と会う時は他のスニーカーを履けばいいじゃないか、バイト用として買えよ、こんなに丁寧に接客してもらったんだから買わない訳にはいかないだろ、大体お前以外の誰がこのスニーカーを買うんだよ、用務員のおじさんも買わないよ、ずっと探してたんだろ、履き心地がいいスニーカーが一番いいに決まってるじゃないか、これは運命だよ、買え! と自分を鼓舞して、僕は1万2千円を払ってわらじハンバーグを買った。

 

 帰りにラホールというカレー屋で黒カレーを食べている時も、ずっと探し求めていたスニーカーが1万2千円のわらじハンバーグだったのかと思うとやり切れない気持ちになったが、履き心地は抜群だったので、あとはこのダサさをどう消化するかが課題だな、このスニーカーもこの黒カレーみたいにマジックで真っ黒に塗ってしまえばなんとかなるんじゃないか、お前ならきっとこれも履きこなせるはずだ、これは買ってよかったんだよ、全然ダサくない、大丈夫! と自分を奮い立たせた。

 

 数日後、部屋に友人が遊びに来た。

 

 彼は玄関に置いてあるスニーカーを見て、新種の生物を発見したかのような口調で「これ…見たことないフォルムだね」と言った。

 

 僕は笑いながら「わらじハンバーグみたいやろ」と言った。

 

 そして心の中で「さよなら、わらじハンバーグ…」とつぶやいた。