下北沢に住んで20年が経つ。越してきた時にはまさかこんなにも長く住むとは思ってもみなかった。昨年下北沢は世界各国で発行されている情報誌タイムアウトの『世界で最もクールな50の街』で2位に選ばれた。選出の理由は「下北沢はニューヨークのブルックリンのようなものだが、唯一異なるのはもっとイカしていること」らしい。下北沢がニューヨークのブルックリンよりイカしていたなんて知らなかった。僕は世界で2番目にクールな街に20年も住んでいる。どうりで引っ越さない訳だ。
下北沢に住む前は東横線の日吉駅に2年間住んでいた。大学のキャンパスが日吉にあったから日吉を選んだだけで、部屋も日吉台学生ハイツという大学の真隣にある女人禁制の男子寮のようなところに住んでいた。四畳半の部屋には備え付けのベッドと小さな洗面台があるだけでキッチンもトイレもなかった。小さな窓が一つだけあったが、外はすぐ壁で陽の光は一切入ってこなかった。日吉に引っ越してきた当日、付き添いで来ていた母はこの部屋を見て「牢屋やな」と言った。僕はこの独居房で2年間過ごした。
日吉にはカレーハウス リオという店があった。浜銀通りに入ってすぐのカウンターしかない小さな店で、店主が一人で切り盛りしていた。店主は白髪まじりの坊主頭の強面で、絵に描いたような頑固親父そのものだった。着ているTシャツはでっぷりとしたお腹の肉に引っ張られ、店主の恰幅のいい体のボディラインをこれでもかと強調していた。
僕が初めてリオに行った日、店主はくわえタバコで寸胴に入ったルーをかき混ぜていた。他に客もおらず、僕は注文したコロッケカレーを黙々と食べていた。するとそこに大学の体育会の部活に所属していると思われる学生が数名入ってきた。店主はその学生たちと顔見知りのようで、サービスと言って信じられない量のトッピングをしてあげていた。18歳の僕には強烈な体験だった。目の前にいるおじさんは火垂るの墓の意地悪なおばさんかと思った。僕は「すいません」と言いながら狭いカウンターの椅子の後ろをつま先立ちで壁に背中をこすりつけて逃げるように店を出た。
それから僕は毎日のようにリオに通った。通い始めて2ヶ月ほど経った時、初めてサービスをしてもらった。コロッケカレーにもう1つコロッケがトッピングされてコロッケが2つになっていた。それ以降毎回サービスでコロッケを1つトッピングしてもらえるようになったので、僕は最初に注文するカレーをコロッケカレーからほうれん草とベーコンのカレーに切り替えた。大学2年生の終わりまでリオに通い続けたが、3年生からキャンパスが三田に移動するので僕はそのタイミングで世界で2番目にクールな街へと引っ越した。
下北沢に引っ越したら最初に行く店はカレー屋にしようと決めていた。僕にはリオでの成功体験があるからだ。カレー屋を探して下北沢の街を歩いていると南口の商店街にうってつけの店があった。キッチン南海と書かれた小さな看板、カウンターだけの店内、厨房にはコック帽をかぶった年配の店主が一人。リオとの違いは店の奥に女性の従業員が一人いることくらいだ。カレーの専門店という訳ではないようだが、中に入るとほとんどの客がプラスチックの皿に盛られたカツカレーを食べていた。僕が席に座ってメニューを見ていると、僕の後から入ってきた客は店に入るなりカツカレーを注文した。カツカレーが絶対的におすすめであることは入店してすぐにわかった。僕も流れに乗ってカツカレーを注文しようかと思ったが、カウンターの一番端でテレビを見上げながら食事をしている明らかに常連と思われる客の皿だけ銀色のステンレスの食器であることに気付いた。彼が食べていたのはメンチカレーだった。僕は「メンチカレーください」と注文した。すると店主がルーをかき混ぜる手を止めて、僕の顔を見た。
あれから僕は20年間キッチン南海に通い続けているが、まだメンチカツが2つになったことはない。下北沢は最高にクールな街だ。