「ウナギ」と「スッポン」が名産で知られる静岡県にある浜名湖は、
日本で10番目に大きな湖です。
その湖の形から、
富士山を作った巨人「ダイダラボッチ」がコケて出来た手形とも言われる湖です。
浜名湖には「弁天島」と呼ばれる場所と「今切口」と呼ばれるものがあります。
実はこれ1498年に起きた「明応の大地震」とソレに伴う津波の際より、
浜名湖と海を隔てていた地盤の弱い部分が決壊したために出来たものです。
弁天島は今は「島」ですが、
実は明応の大地震で持ちこたえた地盤であり、
地震があった今切れた場所だから「今切」といい、
この津波と地震により焼失した村が引っ越したために、
弁天島北岸に位置する庄内半島には、
村櫛という新しい街ができました
海とつながっている部分が今切口で、
7つの人工島のような住宅居住地が弁天島です
「明応の大地震」に持ちこたえた強固な地盤かもしれませんが、
津波の危険性が高くても、再び居住する人が多かったのは、
望郷の念が強かったかもしれません。
現存している陸地部分が「弁天島」という名前になり、
その他の陸地が地震によって消失し、海の沈んだという事から、
当時の地震と津波がいかに巨大なものだったかがわかります。
さて本題ですが、
在日朝鮮人にとって地震といえば「関東大震災」という忌まわしい歴史があります。
大正12年9月1日に相模沖を震源とするM7.9の大地震で、
190万人が被災、10万5000人余りが死亡し、
建物の被害は全壊が10万9000棟、全焼が21万2000棟を記録した大震災であるとともに、
未曾有の大震災によりパニックに陥った日本人によって、
在日朝鮮人6415人の罪なき命が私刑により虐殺されたとされています。
なぜ在日朝鮮人は虐殺されたのでしょうか
韓国学会や日本左派の主張によると、
当時の朝鮮半島は日本の植民地で人類史上類を見ない搾取と差別を繰り返しており、
震災を千載一遇のチャンスとばかり日本人を襲うという
デマを信じたから起きた悲劇としています
つまり、当時の日本人の多くは朝鮮人に恨まれているという自覚を持っていたからこそ、
震災という世情不安からパニックになり、朝鮮人を虐殺したということです。
もちろん、デマによって6415人もの在日朝鮮人が虐殺されたのはデマですが、
井戸に毒を投げ込んだといったデマによって、
事実無根の罪で虐殺された在日朝鮮人がいることは事実です
この辺りは複雑なので詳しく書いていきます。
そもそも大日本帝国の統一見解として、
一般朝鮮人は概して純良であると認められるが、
一部の不逞鮮人の輩が幾多の犯罪を敢行し、
その事実を宣伝せらるるに至った結果、
震災によって人心不安の折から興奮の極、
往々にして無実の鮮人または内地人を不逞鮮人と誤って
自営の意味を以って危害を加えた事犯が生じた
日本の教科書の記述はわかりませんが、
つまり、一部の在日朝鮮人が震災の混乱に乗じて「暴動」や「犯罪行為」を繰り返したために、
日本人が自衛のために自警団を結成したが、
震災というパニック状態から、
無関係の在日朝鮮人や日本人に私刑(リンチ)を加え死傷させたというのが、
関東大震災における朝鮮人虐殺の正体です。
まず、6415人が虐殺されたとするデマの根拠ですが
当時、日本に滞在していた在日朝鮮人の合計が約8万人で、
このうち東京に滞在していた在日朝鮮人は約9000人
近隣各県に約3000人となり、
首都圏で約1万2000人が住んでいたことになります。
しかし、被災直後に東京市内だけで約6800人
神奈川県各所では約1000人が住居を失い、あるいは日本人の死刑から逃れるために
保護された記録が存在します。
さらにここから、洪水による溺死や瓦礫から発見され、圧死した
在日朝鮮人が1960人という記録もあります。
さらに震災時に警察によって逮捕された不逞鮮人が約160人います。
ここから計算すると、首都圏に在住する在日朝鮮人が仮にすべて虐殺されても
最大人数が2100人なので、どう計算しても6415人にはなりません。
ただ、当時は日本に密航した朝鮮人も多かったため、
実数以上の在日朝鮮人が首都圏にいた可能性はもちろんあります。
ですので、これを根拠に6415人が虐殺された事を否定する根拠にはなりません。
しかし6415人という数字は、李承晩が創設した大韓民国臨時政府の機関紙である
「独立新聞」が挙げた数字で、どのように算出したのか根拠が明らかにされていません。
また大韓民国臨時政府が英字版で出版された小冊子「日本人での朝鮮人大虐殺」では、
首都圏に居住していた在日朝鮮人の総数を大きく上回る2万3059人が虐殺されたと
されています。
あまり知られていませんが、
朝鮮総督府が発表したとされる
震災で虐殺された在日朝鮮人の総数は233人という数字を信用せず、
その後本国の内務省が、その死者の数を再調査した結果、
震災時に私刑によって亡くなった在日朝鮮人遺族に対して、
地方官が各朝鮮人遺族のもとに訪問し、弔慰金を830人に支払い謝罪しています
これは、日本政府が虐殺を認めた確固たる証拠ですが
大韓民国臨時政府が主張する虐殺された人数と
日本政府(朝鮮総督府)の発表した人数の間に開きがあるのが
都合が悪かったのでしょうか。
そもそも虐殺の定義を明確にしなければなりません。
虐殺というのは「罪のない」在日朝鮮人が私刑にあって初めて成立する話であり、
「不逞な暴徒」を自衛のために自警団が殺害したとしても虐殺にはなりません
つまり、「不逞な暴徒」という事実無根の罪を被らされ殺害されたものだけが、
虐殺の被害者といえます。
即ち、震災時に在日朝鮮人が暴動などの犯罪を起こしていないのであれば、
1000人前後の亡くなられた方全員が被害者になるということです
では、当時の日本はどうだったのでしょうか
当時は電話は一般家庭に普及しておらず、
ラジオ放送の実用化もされていませんでした
通信手段はもっぱら電報で報道手段は新聞が主たるものでしたが、
首都圏にあった新聞社は地震によって印刷機能を失い、
東京日日新聞、報知新聞、都新聞を除く13社は火災によって焼失し、
最も早く復旧した東京日日新聞でさえ9月5日付の夕刊でした
ですので、首都圏以外の新聞社は、
伝聞や記者による現地取材に頼らざるを得ません
その結果、新聞の一面には
「津波が赤城山麓まで達する」「政府首脳の全滅」「伊豆諸島の大噴火が原因」「三浦半島が陥没した」などの未確認情報が躍りました
さらに、こうした記事の中には、
朝日新聞の9月3日の号外の様に、朝鮮人が「暴徒化」したという内容も含まれていました
この記事はデマだったのでしょうか
あるいは、実際に在日朝鮮人は暴徒化していたのでしょうか
少なくとも、朝日新聞が報じた記事の内容については、
大日本帝国第一師団が情報の真贋を確かめるべく調査したところ、
まったくの虚偽報道とすぐに判明したので、
翌日にはデマだという告知宣伝文を陸軍が各所に貼って回りました
しかし、大日本石鹸株式会社の当時専務だった細田勝次郎が、
河北新報に語った自身の目撃談や体験談として、
横浜における朝鮮人の暴動を証言し、
品川に在住した日本電子学生の西郷秀夫は、
横浜方面から武装した朝鮮人の一団が略奪や放火をするので、
日本人が対抗し多くの朝鮮人を殺したが、
中には、日本人も朝鮮人と間違えられたため、殺されたとする証言を北海タイムスにしています
東京都部長判事長だった長岡熊雄の回顧録には、
横浜の暴動は凄まじく、強姦や殺人、強盗を繰り返していたとの証言もあります。
朝日新聞のように匿名情報ではない実名報道も嘘だったのでしょうか
先ほども書きましたが、震災に便乗し
犯罪を犯して捕まった在日朝鮮人が160人います
司法省の記録を参考にすれば、その罪状は
流言飛語、放火、脅迫、強盗、強姦、傷害、公務執行妨害、放火殺人未遂、殺人、強姦殺人、
橋梁破壊、爆発物所持、窃盗、鉄砲所持、毒殺予備など合計27件156名で、
このうち4名は自警団によって負わされたケガが理由で逮捕された後に死亡しました
この逮捕者の中には、
爆発物取締法違反や、鉄砲火薬取締法違反で逮捕されたものもいます
姜徳相は「関東大震災と朝鮮人」という著書の中で、
被災地で爆弾や銃を持っていても暴動があった証拠ではないと述べていますが、
では逆に、被災地で爆弾を鉄砲をもってなぜウロウロしていたのでしょうか
それを目撃した日本人が自警団を結成したとしても自衛の範疇といえます
また、毒殺予備で逮捕者もでている様に、
被災地で毒薬を持っていてウロついていた朝鮮人を目撃し、
「井戸に毒を入れている」というデマが発生したことは、日本人だけが原因なのでしょうか
当時の東京のシンボルタワーだった凌雲閣が倒壊した状況です
今に直せば東京タワーやスカイツリーがポキって折れたのと変わりません
そんな状況で日本人が冷静であるワケもありません
既に軍隊の警備が完成に近づきつつあれば、
最早決して恐る所は無い
東京地方裁判所検事の南谷智悌は井戸の中に毒を入れるなど
一部のデマを否定しますが、
合一部の不逞鮮人が幾多の犯罪を敢行したのは事実であるとして、
窃盗事件や婦女陵辱を挙げています
内務大臣兼帝都復興院総裁に就任した後藤新平は
朝鮮人に関する暴動など犯罪行為に対し報道規制をしました
被災した日本人に注意喚起を促すためで
報道を規制して帝都の治安を本当に護れるのか?」
自分も知らないわけではない
だがな、このまま自警団に任せて力で押し潰せば
彼らとてそのまま引き下がらないだろう?
必ずその報復がくる
報復の矢先が万が一にも御上(天皇家)に向けられるような事があったら
腹を切ったくらいでは済まされない
だからココは自警団には気の毒だか引いて貰う」
日本人自警団が在日朝鮮人に対する憎悪を深め在日朝鮮人への報復が熾烈を極める
それにより更に朝鮮人側の暴動がエスカレートし
摂政宮(昭和天皇)などに向かう事を恐れたのです
各社は一斉に震災時に実際に起きた不逞鮮人の蛮行を大々的に報道しました
伝聞ではなく逮捕された案件を中心です
「暴徒化した在日朝鮮人」を恐れたのはデマだけが原因ではなく
事実として不逞鮮人が起こした蛮行がありデマを信頼する状況があったからです
不法行為を行っている在日朝鮮人と対峙しただけではなく
在日朝鮮人は語頭に濁点が来ないので
「15円15銭」や「ガキグゲゴ」を上手く云えないと、例外なく私刑を加えました
在日中国人や日本人でも方言を話す者や聾唖者も多くが「鮮人狩り」に巻き込まれ
被災から免れながらも、
在日中国人2名日本人56名の尊い命が自警団の手によって奪われました
「朝鮮人」だからという理由で虐殺された者も相当数いるはずです
千駄々谷で関東大震災の時に朝鮮人と間違えられた為に
「鮮人だコレは」と「千駄々谷のコリアン」をもじって付けられましたし
在日朝鮮人と間違えられ私刑に遭った際に
「死を覚悟する暴行」を受けた事を回顧しています
虐殺から在日朝鮮人を護った日本人もいます
保護下にある在日朝鮮人を
私刑目立てに奪取を企てた日本人群衆1000人を前にし
この大川を殺してから連れていけ!!
そのかわり諸君らとは命の限り闘う!!」と高々に宣言した
「朝鮮人が漁船で首都攻撃を目論んでいる」などのデマを信じた
海軍陸戦隊が実弾の使用申請を求めた際にも許可せず
逆に在日朝鮮人を約500人保護しました
事実無根の在日朝鮮人やや在日台湾人や日本人に対し暴行を加えた為に
事実無根で殺された者たちは無念の死だったと思いますが
コレが関東大震災の朝鮮人虐殺の真実です
在日朝鮮人あるいは外国人が首都圏直下の大震災に見舞われた時に
外国人による略奪なりレイプ事件が多発した場合には
自警団が結成され同じく事実無根の罪で外国人が私刑に遭わないという保証は
歴史を紐解いて考えた場合に一切無いとも個人的には思います
