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 この世界は不平等に満ち溢れている。優れた才覚を有し活躍する者、その逆の者。豊かな資産を持ち良質な暮らしを送る者、またその逆の者。数えきれないほどの不平等が、厳然とこの世界では猛威を奮っている。不平等のもとでは、持たざる者は声を上げても届かず泣き寝入りすることを余儀なくされる。それは何も人に限ったことではない。何を隠そう、私は、パンツだ。お察しの通り、不平等のもとに布の陰に隠れ、ひっそりと息をひそめて暮らす、「もたざる」パンツだ。

 パンツと人の関係というのは、雇用関係に似ている。私は今日本という島国で、ある男に雇われているが、彼は私を身に着け、私は彼に履いてもらう。パンツの用途は履くこと、そしてそのパンツである私の生きがいは履かれること。つまりは履くという行為により、私たちはお互いに利益を生み出しあう、良好な関係を築いている。労働力に給与が与えられる雇用の関係と、私たちの関係はとても似通っている。少なくとも、私たちパンツの間ではそのように通底している。

 私は週2~3日のシフトで出勤している。雇用主たる彼のもとに働くパンツは少ないため、必然的に出勤日数も多くなるというものだ。たかがパンツといえども、ただではない。採用する段階でいくらか料金を負担しなければならない。どうやらそのコストを考えた結果、服装に無頓着であることも手伝って、彼は少量のパンツしか持ち合わせていないようだ。どこの世界でも、人件費削減のために雇用者数は削られる。少人数で働く者は早々に擦り切れ、使い物にならなくなるとためらいもなく捨てられる。こんな不平等な世界でも、人もパンツも”雇用条件”のもとでは平等だ。

 私は中国で生まれた。兄弟の顔は多すぎて覚えていない。物心がつく前に親元から引き離され、スーパーの衣料品コーナーで身売りを余儀なくされた。しかし不幸中の幸い、周りには名前と顔の一致しない兄弟も一緒で、いくらか救われた心地がした。私は生まれつき飾り気のない外見をしているせいか、全く成果を上げられず、無下に日々を過ごしていた。だがそんな生活も、あの人との出会いで音を立てて崩れ去っていく。あれは、いつもより空調の行き届いた涼しい日だった。例により、消極的にではあるが身売りをしようと構えていたところ、2つの大きな陰が私を覆った。

「あんた、安うなっとるし、これでええじゃろ?」

使い古された喉からしぼり出るような遠慮のない女の声がしたかと思うと、私の体は宙に舞い、肉とレトルト食品の詰め込まれた籠に収まっていた。この時私は確信した。これが採用通知だと。最初で最後の身売りの成功に、全身の繊維がほつれるような喜びが私を包んだ。私は不平等な社会を乗り越えた、選ばれしパンツであると勝ち誇った。

 それからの日々は労働と休暇が不定期に繰り返された。1日中働き、たくさんの衣類と共に大浴場で体を洗い、日差しの下で水気を取り、畳まれて家に帰り、眠りにつく。次に彼からの要請が来るまで、今か今かと身構えながら体を休める。時折、労働時間が数日に及ぶこともある。私にとって履かれることは生きがいではあるが、流石に休憩は欲しかったりもする。一方でそんなくたびれる勤務があったかと思えば、前回の出勤がいつのことか忘れてしまうほど働かないこともある。そのとき私は同僚を少し妬ましく思ってしまう。私は彼のきまぐれな雇用制度のもとに隷属して働くよりほかはないのだ。

 先にパンツの生きがいは履かれることだと言った。しかしそれは、あくまでパンツとしてのアイデンティティを保証するために必要な最低限の生きがいでしかない。単に、履かれているから私はパンツだ、と安心していられるゆえの生きがいでしかなく、多くのパンツはそれで満足することを善しとしない。より高次の自己実現をかなえたいと思っている。たいていの場合、その高次の自己実現というのは、人目に触れることである。パンツは衣類であり、衣類は人目につくことで見る者の目を楽しませる。世の中にファッションを楽しむ人々が絶えないのは、この衣類の性質による。

 私には常日頃考えていることがある。私たちパンツは衣類でありながら、人間に恣意的に“下着”などと名づけられてしまったがために、洋服の下に隠れ、露出する機会が極端に少ない。なんとも由々しきことである。わたしはもっと外へ赴き、たくさんの世界を知りたい。たくさんの人目にさらされて人を幸せにしたい。けどわたしには無理だ。雇い主が冴えない彼だからだ。彼には女気が全くない。男女の間で起こるという情事に至らない。私は人前にでることがない。聞くところによると、某ペンギンのアイコンで知られる量販店で身売りをしたパンツは、高確率で日夜人の目にさらされ、活躍しているという。いわゆるパンツ業界のエリートコースである。どこでこのような差がついたのか。なぜパンツには持てる者と持たざる者が出来てくるのか。生まれで私の生涯が決まってしまうのはどういったカルマなのか。私は体中の染料が禿げ上がりそうになるような慟哭に駆られる。

 神がいようものなら助けてほしい。なぜ私にこのような試練を与えるのか。こんなにも悲しいのであれば、私は神に選ばれし民になどなりたくない。どうか私に慈しみの手を差し伸べてほしい。

「このパンツ汚いから捨てるでー。」

「うん。」

私が最後に雇用主の声を聞いたのはこの一言であった。




http://www.bodybook.jp/entry/201407/agevol15.html?link=pants