2025年9月19日、飯田達郎さんが福岡キャナルシティ劇場で「オペラ座の怪人」ファントム役としてデビューされました。さぁ伝説の幕開けだ。彼がファントムを演ると言うことは多くの作品ファンが過去から考察し解釈をして来たこの作品のファントム像にまた新たな解釈の幅を与えてくれるということなのです🤩
ところでここ最近の劇団四季の「読めないデビュータイミング」ですが、ご多分に漏れず達郎さんのファントムデビューも「月曜祝日開幕でその週の金曜日デビュー」というなかなか他都市から行こうと思うと難しいタイミングでしたね。仕事をどうにかこうにか調整してチケット前予で確保して、元々いずれにせよ週末は行こうと思って取っていた飛行機の時間を変更して観に行きました✈️
人間やろうと思えばどうにかなるもんです(←こんな時だけやたら爆速で手続き出来る人。仕事にも生かそうね)
さて、デビューされた達郎さんのファントムを観て改めて考えさせられたのが「19世紀パリオペラ座でのバレリーナとパトロンの関係」なんです。いやファントムがどんな芝居だったかそこだけ書けよて話なんですが、達郎さんはラウルのお芝居から一貫して、ここが理解出来ているのといないのとでは解像度レベチだったので敢えて何だか仰々しいタイトルにして考察してみたいと思います。
【19世紀オペラ座のバレリーナたち】
ドガの絵が有名ですね。
「オペラ座の怪人」で支配人に「コーラスガール」と呼ばれている子たちがバレリーナです。そしてクリスティーヌに歌わせてみてほしいとメグに提案されたフィルマンが蔑みを込めた言い方で「コーラスガールが?」と言うのには「踊り子風情が歌えるわけがない」という能力的な懐疑だけでなく、そもそもこの時代のバレリーナが支配人たち含め人々がらどう見えていたかがその言い方に象徴されています。
日本ではバレエはお金の掛かる習い事でプロフェッショナルとなるには子供の頃からレッスンし留学まで出来るような基本的に財力のあるお家の子が出来るもの、近現代の英国「ビリー・エリオット」でもバレエは金持ち層の習い事として描かれています。
ただこの「オペラ座の怪人」当時の19世紀パリオペラ座のバレリーナは貧しい階級の娘たちがなるもので、その多くが舞台だけでは食べて行けないので自分を色んな面で「支援」してくれるパトロンを探していたのが実情でした。階級を一旦取っ払って平たく言ってしまえば現代日本のパパ活と同じようなもの。
リハーサルの場面でバレリーナが芝居人たちに媚びるような目を向けたり「子爵様が我々のBOX席で観劇される」ことにバレリーナたちがクルクル回ってはしゃいでいる表現は「有力パトロン争奪戦」のお上品な表現なのだと思います。エグい言い方すればバレリーナたちは自分の「身体」を見せて個人的に支援してくれるお金持ちのパトロンに自分を売り込みたいので。
そんなバレリーナたちの環境の中、クリスティーヌも当然「そういう子たち」の1人として支配人たちや周りから見られているということを支配人のセリフや「シンク・オブ・ミー」を歌い出すまでのハンニバルアンサンブルの人たちの「懐疑的」というだけでなく「どこか下にみている」表情からも見て取れます。
【クリスティーヌとラウルの身分差】
以前のブログ↑でも触れましたがクリスティーヌは父親が有名なバイオリニストでしたが、住む家もない極貧の芸術家親子でした(原作より)。なので階級で言えば下層の庶民。
それがなぜラウルと幼馴染みなのか、原作では父親のパトロンであった上流階級家族がダーエ親子を自宅に同居させており、夏に避暑地に行く際も同行させていたのでそこでラウルとクリスティーヌは知り合い一緒に遊んでいたからです。
幼馴染みとは言えこの時代のフランスで「身分違い」というのは厳然たる格差の壁であり、オペラ座で再会したラウルがクリスの楽屋を訪れた際も当然周りからは2人の関係は「子爵」と「孤児のバレリーナ」としか見えていません。フィルマンの「初対面じゃないなw」は既にパトロンと愛人の関係なのでは?と疑っているセリフ。
当時のフランスの階級社会は現代の日本人から見ると理解し難くラウルとクリスティーヌの身分差を前提とした周りから見た関係が分かりづらいなぁと前から思っています。
マネ1で支配人ズが重唱で
👨🏻🦰🧓「ファントムはコーラスガールのパトロン気取って得意満面」「ラウルの方ははすっぱ娘と恋のデュエット大喜び」と歌う部分にここでのクリスティーヌの見られ方が良く表れてるんですが、日本語訳と原語とはやや違っていて
👨🏻🦰🧓「消えてパトロンと寝てるようなコーラスガールの代わりに喜んで歌姫を呼ぶなんて誰が信じる?」「ラウルは彼女と愛のデュエット、彼は否定するだろうが彼女と一緒にいたに違いない!」
とクリスティーヌがパトロンを利用するようなしたたかなバレリーナだと支配人たちは思っていてラウルとの愛人関係も疑っている歌詞なんですね。
【達郎ラウルという「子爵とはこう見えてる」の解】
これまでの前提を元に改めて達郎ラウルを反芻してみると、観客にはやたらにモラハラ尊大に見えて割と「嫌なヤツ」感が強かったんです。(友人が名付けたのは「さす九ラウル」てネーミングwww)
ラウルを演じる際に「クリスから見えるラウル」にウエイトを置いて王子様や騎士のように作る俳優さんが多い中、飯田達郎さんは「当時のオペラ座関係者から見たラウル」も俯瞰で捉えてそこも意識して演じてた気がします。
シャニュイ家という超名家の子爵という地位に居る人物。
支配人たちに対する態度も歳にそぐわず堂々と偉そうで、クリスティーヌに対しても自信に満ちた尊大とも思える口調で「夕食に行こう」「長くは引き留めないから」と有無を言わさぬ口調で命令をします。
話が少し逸れますがバレリーナ達は舞台後に自分のパトロンと「夜食(Supper)」に行くことも多かったらしく、ここもいちバレリーナであり今夜のプリマドンナのクリスティーヌを当然のように「夜食」に誘うという、周りからみたら「おやおや流石に手が早いな」と思われる行動を平然と取るラウル、そしてクリスティーヌが「エンジェルオブミュージックはそれは厳しいの」と断ることで、ファントムが前々からクリスティーヌに他のバレリーナたちのようにパトロンに媚びる真似をするなと厳しく諭していたことが分かります。
達郎ラウルはここでクリスティーヌの固辞の言葉もなーんも「聞く気が無い」振る舞いが強調され、クリスティーヌと自分が周りからどう見られるかにもまるで頓着しない態度がそりゃファントムの怒りを倍ぐらい買うさという作りでした。(ところでいつ達郎ファントムの話に行くんだ?)
【ラウルとクリスティーヌに対するファントムの認識】
ファントムから見たらクリスティーヌにずっと言い聞かせて来た「パトロンに媚びるようなバレリーナになるな」と嫌悪した典型的「パトロン」がラウルなんだろなぁと。
ファントムにとってオペラ座は自分の芸術の全てであり、そのレベルを下げるような役者もオケも踊り子も論外なので過去に何度も「怪奇現象」を起こしてレベルの低い者を排除し、自分が作った最高傑作のスコアをクリスティーヌを主役に上演することを最終目標にコツコツと歌を教えて積み上げて来たのに、ラウルという超いけ好かない「ザ・パトロン子爵」が突然現れ、しかもあんなに言い聞かせたクリスがなぜか知らんがラウルといきなり親密になっていく…「エンジェルオブミュージックのあの声♪」とか一緒に言ってる「ふざけんなコラ💢今まで何を聞いていたんだエンジェルオブミュージックは俺だろ!俺の話聞いてたか?!💢」てぐらい怒りMAXになるのは当然でそりゃ焦ってクリスの前に姿現しに出てくるわ。
そんなThe Mirrorはとんでもなく恐ろしい声で始まる達郎ファントムですがあれでも頑張って怒りを抑えていた方なのかもしれないw
【「ラウルに取られる」は最悪オブ最悪の結末】
ラウルクリスが幼馴染みだとかラウルがクリスティーヌへ向ける目や思いはその他バレリーナ達へとは違うなんて周りにもファントムにもそんなこと分かりゃしません。
支配人BOXで「幼い日に出会った僕は覚えてる無邪気に遊んだ君のこと」はラウルの心の中のモノローグ(支配人ズ&フィルマン夫人も瞬間停止してる)ので「ブラヴァ!!」以外のラウルの声はもちろん誰にも聞こえてません。
そんな無礼ですぐにバレリーナや歌姫と愛人関係を結びそうな若僧の子爵なんぞにクリスティーヌを獲られるなんて、ファントムがクリスに求め2人でオペラ座で完璧なオペラを作り上げ音楽の王国を築こうとしてきた崇高な目的に対する最大の冒涜です。
【達郎ファントムがクリスに求めたもの】
PotOの直後にオルガンに向かい「連れて来た甘美なる世界へ」というMotNへの導入部分、ここ割とMotNへの前奏的に歌詞を聞き流していたんですが、達郎ファントムはクリスに「妙なるこの調べを『私の』ために歌って欲しい『どうか』」で何度もオルガンの上の譜面を愛おしげに撫でるのです。クリスティーヌが居て初めて自分の作り上げたナンバーが完成することへの強い願望。クリスに対するのと同等にオルガン上の譜面への愛着を示す達郎ファントム。
地下へクリスティーヌを連れて来たのは上層にあるオペラ座の退廃し堕落し金と男女の思惑にまみれた世界から自分とクリスティーヌだけの美しい音楽の王国へ連れ去り、共にこの美しい音楽を完成させる為にクリスティーヌに教え、操り、導く目的だったとよく分かる。
その「大切な譜面」が書きかけのドンファンであることもクリスが寝ている間に作曲する仕草からもとてもクリアに分かる達郎ファントム。作曲の仕草が細かくてリアル過ぎるのも特徴で飯田達郎氏は元々左利きだっけ?とか思っちゃうオタク(そこ?)
達郎ファントムはクリスを「生身の人間として」魅了しようという気持ちは皆無だと思います。仮面で正体を覆い隠し、あくまで自分の歌声でクリスを導き魔法のような調べを生み出す「音楽の天使」としてクリスをミューズに音楽を完成させ地上の堕落し切った観客にその圧倒的な音楽の美しさで真の「美しいもの」を見せつけたいと願っているよう。
なので作曲中に仮面を剥がれ顔を見られた時の「あ、終わった」感が強い。これまで全ての人間が彼の素顔を見た途端にその美しい歌声も建築家の才能も全部否定して忌み嫌い目を背け苛烈な攻撃して来たのだから、クリスも彼が音楽の天使として作り上げた姿では無い生身の彼に幻滅して忌み嫌うだろうと。
だけどクリスはファントムにそっと仮面を返してくれた…
達郎ファントムここでちゃんともっとクリスに「人間」としてその心を通わせておくことが出来たならこの先の展開も変わったのにね…
「自分との音楽を実現する為に表舞台に帰らせる」方を選択してしまい、一瞬クリスと繋がりそうだった本当の自分の想いからも目を逸らしてしまう。
【怒涛の色気と哀しさが襲うPoNR】
ここからいきなり考察離れて達郎ファントムのPoNRの魅力を語りますね。
あのマント(ローブ?)で手だけ出た状態で出て来る達郎ファントムの妖しげな魅力は何だ😍パルパティーン状態がやたらカッコいい(パルパティーン言うな)
もうね…「パッサリーノ…」の声からヤベぇんですわ…
飯田達郎さんの声の色気と言えば私は「アンマスクド」の「サンセットブールバード」ジョーと同作内で歌ったエビータからチェの「空をゆく」なんだけど、声に色気出させたら当代一みたいな人だからね…あと手が人間離れして綺麗だからね…
美しい手つきと色気が声になったよみたいな歌声で舞台上のクリスと念願の自作ナンバーで「擬似恋愛」のドラマチックな交流をする達郎ファントム。
「本当に美しく甘美な音楽とは肉体を露わにしなくともここまで愛の悦びを表現出来るのだ」という醜さに姿を隠さざるを得なかった異形の人間による芸術への挑戦みたいな状態。
ファントムがクリス(アミンタ)からリンゴを取り上げるだけであんなエロいてある?😍😍😍
りんごを誘惑の果実と位置付けた演出なのでまぁエロいわ美しいわあのパルパティーン(違います)
その舞台上で表現される愛と欲望の芸術表現の高みで突然フードを外され露わになる仮面を付けたファントムの顔。
その時の達郎ファントムの「驚き」と「悲しみ」がないまぜになった表情がとても印象的。いや何であんな表情が出来るんだろうか飯田達郎さん。目が大きいて役者にとってプラスの資質でしか無いよなとも思う瞬間。
その後にAIAoYリプライズでラウルと同じセリフを歌いクリスに捨て身のプロポーズをする達郎ファントムの声…
直前まで圧倒的に自信に満ちた歌声でクリスも観客も虜にして来たのと同じ人とは思えない悲壮な声。
人間てあんなに「震えるほどの懇願」を音に…歌に出来るんだ…😭
【そしてFinal Lair】
舞台上で仮面を剥ぎ取られ再び追われる身となったファントム。達郎ファントムて「人々に追われる」ことへの恐怖と警戒が強くてその反応からも彼がこれまで人々にどんな仕打ちを受けて来たのかを想像させる。「クリスティーヌ!!何故!!何故だ!!」の叫びがあまりに辛い😭
花嫁衣装を着せられたクリスティーヌは「これがあなたの望んだことね」とファントムを「女性を監禁して我が物にしようとする男」だと責める。達郎ファントムはその顔ゆえに世間から憎まれ続けた「怪人」として地下に隠れて自分の王国を築く以外無かったのだと訴える。
ここでお互いが噛み合って無いのはクリスはどんな容姿であれファントムを哀れな「人」としてしっかり対峙しているのにファントムはクリスに「人」扱いされるなどとハナから期待して無いこと。
そして「ただのイキったパトロン野郎」だと認識していたラウルがファントムにとっては意外なことに命懸けでクリスを追って地下まで辿り着く。クリスティーヌに「私を選ぶかコイツを選ぶか」と迫る選択が「芸術と堕落どちらを選ぶんだ!!」とでもいうようにも聞こえる。ラウルは堕落した人間、自分は崇高な音楽の天使なんだと言い聞かせるような言い方。
そんな究極の選択を迫ったクリスがファントムにキスをしてその歪んだ顔に優しく手で触れた瞬間、クリスは自分をラウルと等しく「人間」として悲しみ想い諭し憎んでくれていたんだと気づくファントム。
その瞬間に彼が望んだ「音楽の天使と歌姫による幻の王国」が消え去り、クリスが人間としての生身の自分をも敬愛してくれる可能性を自ら破壊してしまったことに気づく。
ここで達郎ファントムが見せる表情が私には「自分の音楽を自らの手で壊してしまった」瞬間を悟ったように見える。クリスティーヌを失うこと=自らの音楽の死…
達郎ファントムだと「自分の音楽が終わってしまった」ことの印象が強く音楽を作ることだけが地下で隠れて生きて来たファントムにとって「人生の全ての価値」であったことが辛過ぎる…。ラストシーンの後はもうあのファントムには何も残されて居ない。
【デビューから2週観ての感想】
達郎さんのファントムPoNR凄い色気だろなぁと期待していました。期待を遥かに上回りました。やはり最高のPoNRです!ありがとうございます!!😍
そしてPoNRで色気を出して来るという予想からもっと「人間としてクリスティーヌを惹きつけよう」とするタイプのファントムかと想像していましたがここはビックリするぐらい裏切られました😍
あのファントムめちゃくちゃ「音楽!!音楽!!私はエンジェルオブミュージック!!歌え私の為に!!」が凄い圧のファントムでした。
PotOからMotNまであんなにガッツリと「譜面」の完成と「クリスティーヌを歌姫として完成させる」を目的に連れ去って来た感が凄いファントムで来るとは予想外でした。
いやファントムはその両ナンバーでそう言ってるんだよね。今まで何度も聞いて来たのに何で改めて達郎ファントムだと「連れ去った理由」がこんなに明確に見えたんだろうか私は(笑)
あともう少し待てばきっと舞台写真パンフに載ると期待してるけど達郎ファントムのお顔の美しさエグくないか?あの大きな目でファントムメイクするとあそこまで綺麗になってしまうんか…美…ひたすら美…✨
またしばらくして観た時は飯田達郎先生解釈版ファントムにまた違った感想を持つかもしれない自分を楽しみに、とりあえずは東京でコツコツ働いてまた観に行きたいとおもいます✈️


