『喫茶おじさん』

(原田ひ香著 小学館)

 

 

 

喫茶店が大好きな松尾純一郎、57歳が主人公です。

 

1年半前、純一郎の会社が50歳以上の社員を対象に、希望退職を募りました。

 

 

条件は、現在の退職金に2千万円を上乗せする、という東証一部上場企業といえど破格なもので、定年の60歳まで働いたら退職金は3千万くらいになるところ、それに2千万のプラス。

 

5千万が今すぐに入ってくることになる。

 

 

手を挙げた社員は少なくなかった。気がついたら200人の定員はすぐに埋まった。

 

そして、当時55歳の純一郎も・・・そこに身を投じた一人だった。

 

 

退職したい、そして喫茶店を始めたい。

 

 

そんな突拍子もない願いを、妻の亜希子はもちろん、「絶対に許さない」と怒った。

 

 

「喫茶店なんてできるわけないじゃないの。あなたはあの会社に勤めているからこその人。外の世界じゃやっていけない」

 

亜希子の言葉には的を射ているからこそ、うなずけないものがあった。

 

 

会社で働くことに飽き飽きしていた。

 

これ以上出世の見込みがないこともよくわかっていた。

 

そろそろ、同期どころか後輩が部長になっている。

 

年上の自分のようなものがうろうろしているのは彼らにとってやりにくいはずだ。

 

たぶん、次の異動あたりで適当な閑職を与えられ、定年を待つことになるのだろう。

 

それが悔しいともあまり思わない。ただ、ゆっくりと会社の中で死を待つのがつらかった。

 

そんな矢先、純一郎の気持ちを読んだかのように会社が打ち出してきた、早期退職だった。

 

 

それでもなかなか首を縦に振らない妻に、最後はこう言った。

 

「なあ、一生に一度くらい、自分の好きなこと、やりたいことをやらせてよ。今まで、なんでもお前の言う通りやってきたじゃないか」

 

 

中目黒にはおしゃれなカフェやチェーン系カフェはあったけど、どこも混んでいたし、純一郎が計画していたような純喫茶はほとんどなかった。

 

目黒区は若者も来る町だが、意外と中高年が住んでいる。

 

そういう少し歳の行った、豊かな老人たちも引きつける店にしたいと思った。

 

日本政策金融公庫からも少し金を借り、亜希子との約束は守って、退職金から学費と2千万は残してほとんどすべてを使ってしまった。

 

 

そして・・・約半年で潰した。

 

 

 

純一郎は本当に喫茶店が好きで、たくさんのお店で食べたり飲んだりしますが、私はそれほど興味がないのですっ飛ばして読んでたのですが、このナポリタンだけは絶対作ろうと思いました。

 

 

亜希子の前の妻、登美子から教えてもらったレシピです。

 

 

 

「あれはね・・・」登美子が説明を始めた。

 

麺は市販の2.2ミリの太麺のスパゲッティを使うこと。

 

茹でる前に半日以上、水に浸けておくこと・・・。

 

 

「え、水に浸ける?」

 

思わず、身を乗り出して聞き返した。

 

 

「そう。水に浸けておくと、乾麺とも生麵とも違う、もちもちした食感が生まれるの。もともと太麺だけど、その食感がさらに増すの」

 

「なるほど。。。」

 

登美子に断ってスマホを出し、メモを取らせてもらった。

 

 

「それに茹でるのも数分でいいの。だから、お客様に出す時にさっと出せるでしょ」

 

感心して、声も出ない。代わりに、うなるようなため息が出た。

 

 

「確かに、喫茶店なんかだと、ゆで麺を炒めるところが多いよね」

 

「ええ。あれはあれで、独特の歯ごたえがあって、おいしいけどね。このやり方だと、あそこまで柔らかくならない」

 

「すごいな」

 

 

不思議だ。あれだけきまずかったのに、料理の作り方を話していると、こんなにすらすら話せる。

 

 

「ナポリタンの具はね、何でもいいと思うの。あなたの好きなもので。あまりにもインパクトの強い食材や匂いが強いものはダメだけど」

 

「ベーコンとかマッシュルームとか・・・ピーマンもいいかな」

 

 

「ええ。でも野菜は適量にして。あまり多すぎても邪魔になる。お店に来る人は別にナポリタンを食べて健康になりたいわけじゃないから」

 

「うん」

 

 

だけど、絶対にやって欲しいのはケチャップの処理」

 

「ケチャップ?普通のケチャップを使っていると言っていたよね」

 

 

「ええ、メーカーは自分の好みでいいと思う。だけど、少し多めに一人分大さじ2杯以上・・・

 

まあ、うちの店では最後の〆に出すくらいだから、スパゲッティは乾麺で50グラムくらいなのね。普通に一人分、100グラムくらい使うんだったら、ケチャップはその倍、大さじ4,5杯は必要かも」

 

「結構使うんだね?」

 

登美子はその様子を身振り手振りを加えて説明してくれた。

 

 

「じっくり炒めたケチャップと麺、具をからめたら、最後にバターをひとかけら入れれば完璧」

 

「ありがとう」

 

こんな大切なレシピを教えてくれるなんて。元・・・とはいえ、夫婦というものは悪くないものだとやっと思えてきた。

 

 

 

 

 

 

ところで全然関係ないのですが、私この前、下血をみました。

 

昭和の人間として昭和天皇崩御の見出しが脳内にフラッシュバックしたわけですが、内視鏡して心配ないと言われ一安心。

 

その後今度は肋骨が痛くなり、レントゲン撮ったけどダイエットしようとして急にやりなれない動きをしてたからみたいで、こんなやわな骨のヤツだったのかと我ながらがっかり。

 

秘かに健康体のDNAだけはご先祖様に感謝してたのに、ここにきて立て続けに病院にお世話になり、イカンザキ。

 

 

心入れ替えてちょっと身体のこと気にかけるです真顔