『親を見送る喪のしごと』

(横森理香著 CCCメディアハウス)

 

 

横森さんは18年前にお母さんを亡くしたとき、

 

「かわいそうなので告知はしないでおきましょう」と担当の医師に言われ、

 

お母さんの連れ合いの方とも同意して、最後の時間に全力投球されたそうです。

 

 

 

でも、本人も家族もショックだが、余命宣告はしたほうがいいと思うと。

 

心の準備ができるし、遺影の撮影ができるからだ。

 

特に病気することもなく、健康長寿を全うしている場合、ちょっと若めの、若すぎない頃に遺影の撮影をしたほうがいい。

 

年はとっているけどまできれい、という範囲の。70代の写真であれば、80代、90代でも使えるだろう。

 

「遺影の撮影、しときましょうね~」とは言いづらいだろうから、喜寿、米寿のお祝いの際などに、ちょうどドレスアップしているから記念撮影しましょうと、写真館などでプロのカメラマンに撮ってもらうのだ。

 

 

喪服はレンタルがおすすめ。

 

葬儀はそう頻繁にはない。10年に一度、20年に一度となると、サイズが違って着られなくなるから、いいものを誂える必要はない。

 

都会暮らしだと収納しておくスペースもないから、レンタルで十分ではないかと。

 

 

レンタルの中には、夕方4時までに注文すれば翌日発送、5,000円以上で送料無料のものもある。

 

サイズのバリエーションも豊富で、ジャケット、ワンピース、バッグ、数珠、袱紗、ネックレス、イヤリングのセットでも1万円以内で収まる。

 

ネットで検索すればいろいろ出てくるだろう。

 

葬儀の前はバタバタするので、最早これでいいのではないかと思う。

 

 

 

そして葬儀代。

 

 

母の葬儀は大きかったので158万円かかったが、すべて御霊前でまかなえた。

 

ちなみに友人Sのお父様の葬儀は、コロナ禍でもあり内輪の参列者27名のあたたかいもので、92万円。内、区から補助金が7万円出るので、実質84万円だったという。

 

 

「献花はこちらで自由に手配、ということでした」

 

これもネットで「葬式献花」で検索するといろいろ出てくるので、好みや予算に合ったもので決めよう。

 

 

 

これが最後と思うと、火葬場で故人を触りまくる衝動にかられるのもやむない。

 

私は怖くて死体には触れなかったので、生きているうちに触っておいた。

 

お見舞いに行くたび、アロママッサージと称して、いい香りのオイルを持参し、母の手足をマッサージしていたのだ。

 

これは、スキンシップが苦手な日本人におススメだ。病人も気持ちいいし、もうすぐなくなる体に触れられるから。

 

 

 

横森さんのお知り合いがした「喪のしごと」です。

 

〇市役所で

・火葬費見舞金申請(5万円)

・夫君の印鑑証明破棄

・夫君の健康保険証の返却

・死亡届後、戸主証明書の申請(戸籍謄本、住民票、印鑑証明など」

 ※今後の名義変更に必要な証明書(医師の死亡診断書を含めて)は、数通ずつ用意

 

〇社会保険庁で

・夫君の厚生年金、国民年金の終了手続きと、遺族年金の申請

 

〇家庭裁判所で(弁護士に代行してもらうのもあり)

・相続手続き(動産、預貯金、不動産)

 

〇銀行で(相続確定後の手続き)

・夫君の預金通帳口座の解約

・夫君のクレジットカードの解約

 

〇自宅で

・車の所有名義、自動車保険契約者の変更

・夫君の生命保険の解約、火災保険や地震保険の契約者変更

・公共料金契約者名義と引き落とし口座の変更(電気、ガス、水道、各種保険、NHK等)

・お世話になった方(主治医ほか)へのお礼状(葬儀の報告も含め)

・葬儀、お悔やみなどへのお礼(葬儀参列者のほか、香典、花、弔電、メール、自宅への焼香など)

 

 

 

なお、銀行が口座名義人の死亡を把握すると、口座は凍結されるという(ただ、死亡届を提出しても、役所から銀行等に連絡をされることはないそう)。

 

そのため、「父が亡くなったのですが、入院費の支払いのため貯金の引き出しを」などと窓口で言うと直ちに凍結され、相続後にしかお金はおろせないことになる。

 

なので、銀行に口座名義人の死亡が知られないうちに、ATMで必要なお金を引き出す作戦に出る人も多いようだが、地元の信用金庫などの場合、すぐさま知られておろせないことになるようだ。

 

 

 

「まず区役所に死亡届と出さなきゃいけないんですが、これはその後何通も必要だから、コピーを取らなきゃいけないんです。でも知らなくて、原本を渡しちゃったんですね。返してはもらえないから、看取り医にもう一通書いてもらったんです」

 

これからの方は、死亡届のコピー、取っておこうと。

 

 

 

 

香典返しです。

 

 

お返しは半返しというから、すべての香典を開いて把握し、それぞれの金額に見合ったものを、お礼状つきで送らねばならない。

 

5,000円以下は参列された際お茶を差し上げているからいいとして、1万円以上は、その半分の金額に相当するものを、なにかしら選ばねばならない。

 

たくさんいただいた方には半返し以上のものを贈り、お世話になった方にはいただいた以上のものを贈った。

 

これはほんとうに、無意味な慣習だと思った。無駄な買い物をするために、みんなからお金をもらったようなものだ。

 

 

そして初めて気づいた。のしには祝い熨斗と、喪の熨斗があることに。

 

 

デパートで「すみません、ご指定がない場合は、たいていお祝いの返礼なので」とお店の人は恐縮していたが、それは私のミスだった。

 

これからの人は気をつけたほうがいい。

 

「お詫びの品と、詫び状をそれぞれに送らせていただきます」

 

係の方のミスということにしてくれたが、ほんとうに、恥をかいた。というよりも、迷惑をかけた。

 

 

ほんとうに大変な思いをし、その顛末をベテラン編集者に話すと、

 

「事前にお香典はお断りしますって案内状に書いちゃう人もいるし、お香典を寄付して、すべてどこどこに寄付しましたって、お礼状に書く人もいるわよ」と教えてくれた。

 

 

そーだ、その手があったか!!

 

こんな、施主が苦労ばかりする慣習は、いますぐやめるべきなのだ。私は母の香典の残り50万を、山梨子ども図書館に寄付した。

 

 

 

この後は、実家じまいや遺品整理、お墓のことなどへと話が進みます。

 

そして最後に、この本を書いてわかったこととして、親の最大の遺産は、自分自身だ。そのお宝を大事に管理して、最大限に生かす。

 

これは誰にでもできる、「喪のしごと」の最終章なのだ、と締めくくっています。

 

 

 

 

 

 

 

最近介護とか見送りとかが書かれているものに、どうしても目がいきがちです。

 

 

今は食欲も旺盛で、食材を届けるとよろこんで全部受け取ってくれる母。さらにご飯を作って食べさせてもくれます。へへ

 

 

母が元気で一人で生活できているから私は時間を全部自分で好きなように使えるわけで、この幸せな日が一日でも長く続きますように照れ