田舎で育った人間にとって東京は大都会だ。
過去の記事
僕の新橋LIFE(その11)
サラリーマンへの道(その6)
OEMメーカーと言うのは自社ではないブランドの製品を製造するメーカーのことを指す。
簡単に言うと世界中のパソコンメーカーの下請工場が台湾に集結していたのだ。
そこにパソコンの部品を輸出していた。
台湾の会社との決済条件はL/Cといって、台湾の銀行に支払を保証して貰う方式。
因みにL/Cと言うのは、Letter Of Creditの略で日本語に訳すと信用状と言う。
しかし、たとえ下請工場であっても、世界中から注文が殺到すると、徐々に力を持ってくる。
力を持ってくると、交渉力を持つ。
交渉力は価格や決済条件に表れやすい。
結果、手間もコストもかかるL/Cから信用取引となる電信送金へ変わっていった。
また、短納期への要求も大きくなり、それを実現するために台湾へ出張することになった。
税関や税務上の問題を解決するためだ。
台北支店のローカルスタッフで、管理のキーマンである黄さんと、ベンダーの日本企業の台湾現地法人スタッフと打合せを行った。
当たり前のことだが、現地(台湾)のことは現地で働く人が一番詳しい。
情報量も多いし、自分事としての意識が高い。
凄く勉強になる。
自分はと言えば、初めてのこと、知らないことだらけで戸惑う事も多かったが、これまでの経験が役に立った。
神経も脳味噌もフル回転させながら、何とか今回の課題も乗り切った。
初めての台湾。
同じチャイニーズ系とはいえ、シンガポールとは街並みが全く違う。
より中国的な感じがする。
と言っても、中国本土へは行ったことはない。
自分が持っている中国のイメージに近い気がするというだけだ。
訪れたのは台北。
台湾で一番大きな街。
繁華街は東西南北が整然と区画整理されて、どこも同じに見える。
これだと、独りにされると100%、迷子になる。
現地駐在員が台北の街を案内してくれた。
お昼は現地の人で賑わうお店。
その後、ぶらっと街中を散歩。
すると、突然、声を掛けられた。
因みにシンガポールに居た時もよく道を聞かれた。どうも、自分は日本人というより現地人に見えるらしい。
何かと思ったら、蛇の血の入った強壮剤を飲めと言っている。
怪しいとは思ったものの、何事も経験と思い、1杯飲んでみた。
(今夜は大変なことになるぞ‥)
と思ったが、その後、身体に変化が訪れることもなく、また、その機会を活かせるようなシチュエーションも訪れなかった。
ホッとしたような、ガッカリしたような微妙な気持ち。
休日。駐在員がせっかくだから、ということで、故宮博物館に連れて行ってくれた。
台湾に来る前に「ワイルド・スワン」という本を読んでいた。
「文化大革命」という言葉は聞いたことがあったものの、この本を読むまでそれが何を意味するかはよく知らなかった。
「文化」の言葉からイメージされるものとは真逆の事件。
故宮博物館で保管されている清朝の美術品等の収蔵品は様々な戦火や、この文化大革命を逃れて、台湾にまでやって来たのだそうだ。
人にも国にも歴史があるのだなぁ、とあらためて感じる。
何も知らなければ「ふ〜ん」で終わるところがを歴史を少し知るだけで、思い入れが全く変わってくる。
因みに、台湾の国際空港は桃園国際空港であるが、以前は台湾の初代総統である蔣介石の名前を取って、CKS Airportと呼ばれていた。
昔の日本がそうであったように、教育よりも目の前の生活を優先せざるを得ないから、子供たちは働くのだ。