夢を見ようとすれば現実が見えます。
なら現実を見れば夢も見えてくるのでは?
そんなことを考えました。
…
それはそうと、今日友人に紅音ほたるのDVDをいきなりもらいました。
宝物としてベッド下に隠すほかありません。この女優さんの2枚目や。ありがたや。
ていうかベッド下3枚(もらいもの)ある宝物のうち2枚、なぜか3分の2は紅音ほたるです。
ありがたや。
でも自分の部屋にDVDプレイヤーがなく、しかも唯一DVDプレイヤーがあるリビングでは親が爆睡しています。
仕方がないので今日はムラムラした夢を見よう。
僕はマザコンである…
なんてことをリリー・フランキーみたいな人が言えば素敵に聞こえるけど、僕みたいな若造が言えばタダのマザコンです。
キテレツ大百科でいうトンガリです。
そんなこんなで、ふと親孝行について考えていました。
「東京タワー」でリリーさんの母親が、息子が仕事してるのが一番好きな時間たい…的なことを言っていたのを思い出します。
僕は九州では世間的評価の高いらしい(話の流れ上書いたけど聞き流して笑)私立大学を出たんですが、だからといって今はフリーター。
なんら活かせてません。
ただ、卒業式の日、またはいつか大学の前を通ったとき母は
「あんたがこんな立派な大学行けて私は幸せ…」
なんてことを目を潤ませてつぶやいてました。
親にとっては僕本人の幸せをはかる基準はなくて、大学で感じたんでしょう。いや、僕自身実際かなり楽しかったです。
親孝行って、何か物や旅行やいい暮らしをさせてあげる方向ばっかり向いてしまうけど、多分どんな時であれ子供が活き活きと幸せそうな姿を見せるだけでも親孝行なんだろうなって、そう感じれるようになりました。
人にしてあげることも、自分がほしいものも、実は視点がずれていて、だからいつも欲求不満を感じてしまうのかもしれません。
親孝行に話を戻せば、やはり僕は今を大事に一生懸命生きることで親孝行するしかないようです。その中で物でも旅行でもなにかしてあげれたら最高ですね。
活き活きと生きる…一番何も必要なくて、でも一番難しい親孝行が、結局は自分にも孝行してるんでしょう。
なんてことをリリー・フランキーみたいな人が言えば素敵に聞こえるけど、僕みたいな若造が言えばタダのマザコンです。
キテレツ大百科でいうトンガリです。
そんなこんなで、ふと親孝行について考えていました。
「東京タワー」でリリーさんの母親が、息子が仕事してるのが一番好きな時間たい…的なことを言っていたのを思い出します。
僕は九州では世間的評価の高いらしい(話の流れ上書いたけど聞き流して笑)私立大学を出たんですが、だからといって今はフリーター。
なんら活かせてません。
ただ、卒業式の日、またはいつか大学の前を通ったとき母は
「あんたがこんな立派な大学行けて私は幸せ…」
なんてことを目を潤ませてつぶやいてました。
親にとっては僕本人の幸せをはかる基準はなくて、大学で感じたんでしょう。いや、僕自身実際かなり楽しかったです。
親孝行って、何か物や旅行やいい暮らしをさせてあげる方向ばっかり向いてしまうけど、多分どんな時であれ子供が活き活きと幸せそうな姿を見せるだけでも親孝行なんだろうなって、そう感じれるようになりました。
人にしてあげることも、自分がほしいものも、実は視点がずれていて、だからいつも欲求不満を感じてしまうのかもしれません。
親孝行に話を戻せば、やはり僕は今を大事に一生懸命生きることで親孝行するしかないようです。その中で物でも旅行でもなにかしてあげれたら最高ですね。
活き活きと生きる…一番何も必要なくて、でも一番難しい親孝行が、結局は自分にも孝行してるんでしょう。
現実と夢との境界線はどこにあるんだろう。
最近はそんなことを考えます。
人間はしばしば現実にすでに持っている大事なものに気づかずに、もっともっとと不確かに輝いて見える何かを求め続けては現実に打ちのめされます。
今持っている大事なものも、本人が認識しないと持ってないのと同じなのかもしれません。
追い求めるのは人間の性。
でもきっと追い求めて何かを掴んでも、自分の思うソレと違うって満足しないのかなって思います。
人間の想像、夢は現実とは混じり合わないもの。
けれどそれは水と油のようにきれいに層をなして離れるのではなくて、小学校でしたマーブリングのように複雑な模様を描きながら、混ざるか混ざらないかギリギリの不安定感で人を魅了するものではないでしょうか。
リアリストとドリーマー。
どちらも間違いではないけれど、その間をその間をフラフラあるくのは、なんか人間らしいなあと思ったりしたわけです。
最近はそんなことを考えます。
人間はしばしば現実にすでに持っている大事なものに気づかずに、もっともっとと不確かに輝いて見える何かを求め続けては現実に打ちのめされます。
今持っている大事なものも、本人が認識しないと持ってないのと同じなのかもしれません。
追い求めるのは人間の性。
でもきっと追い求めて何かを掴んでも、自分の思うソレと違うって満足しないのかなって思います。
人間の想像、夢は現実とは混じり合わないもの。
けれどそれは水と油のようにきれいに層をなして離れるのではなくて、小学校でしたマーブリングのように複雑な模様を描きながら、混ざるか混ざらないかギリギリの不安定感で人を魅了するものではないでしょうか。
リアリストとドリーマー。
どちらも間違いではないけれど、その間をその間をフラフラあるくのは、なんか人間らしいなあと思ったりしたわけです。