舞台『春琴』を観て来た。
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場所は世田谷パブリックシアター。どの席に座っても、舞台上の役者の呼吸を感じられるような、ちょうどよい感じのホールだった。

この『春琴』は、谷崎潤一郎の小説「春琴抄」と随筆「陰翳礼讃」をモチーフにして作られたもので、2008年、2009年に引き続き、今回が再再演。ロンドンで公演されたときにテレビで知ってから、ずっと観たかった舞台。

演出は、サイモン・マクバーニー。徹底した現場主義で、ワークショップの積み重ねによって演劇をつくりあげる手法をとってるらしく、この『春琴』も深津さんが最初にワークショップに参加したときには戯曲どころか、お芝居の筋すらなかったとのこと。ひとつひとつ、ものすごい時間をかけて作り上げられている作品らしい。

ところどころ、西洋人の演出家ならではと思われる演出も見られたが、実はそれも意図したものなのか、返って日本人が見落としてしまうような、美だったり闇だったり空気だったり、誰もが無意識に知っている匂いのようなものが浮かび上がっているのが衝撃だった。

人形の使い方も独特で、観客は、春琴に対して持っているイメージや先入観に下手に邪魔されることもなく、自分の想像する春琴をそこに投入していくことができる。

お芝居の語りの視点も時空間も一元的ではなくて、観客は主観的にも客観的にもさまざまなアングルから物語に引き込まれてしまう。いつのまにか自分も、盲目の世界に入り込んでしまったような感覚があって、実際に舞台上で観たものだったのか、それとも自分で想像した世界だったのか、よくわからなくなってしまうくらいだった。

谷崎の世界は、拒絶反応を示す人も少なくないかと思うが、私は佐助に酷く感情移入してしまった。春琴が「おまえにだけは、この顔を見られとうない」と言うとき、ハラハラと泣いてしまった。嬉しくて切なくて苦しかった。私はやはりMなのだと再認識。

最後に、一番衝撃だったのは、深津絵里の声の操り方。本人がライブで発しているとはとても思えない声色。

シアター近くの「魚屋 さんじゅうまる」で食べたキンメの煮付け。おいしかった。よく役者さんも訪れるらしい。
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