てのひらの雨
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7.

書くのは好きだ。

でも、書いたあとそれをきちんとまとめて封筒に入れて、紐で口をくくって…という作業は大嫌いだ。

正直、綺麗に製本された本を見るのもどうしても好きになれない。

ハードカバーの素材、裏地のこだわり、栞の色、端正込めて考え抜かれた帯の言葉たち。

外側を彩る本のサポーターは大好き。

でも、中の無機質な紙に間の抜けたフォントで緩い行間をたもった気だるい中身が、大嫌い。

いつも、そうならないようにナイーブなところまでこんつめて考えて、まわりも巻き込む大忙しの作業を経る割に、毎回納得できなかった。

納得できなくて、あたしはしまいに自分の字を印刷してくれと無茶を言う。

あんなまるきりセンスのないだけの貧弱なレパートリーから字体を選ぶくらいなら、妹尾河童さんに、なりたかった。

いつもぶつぶつ文句を言うあたしに、いつも客間で延々話を聞きながらじっと待つ柴田は、穏やかに笑って

「はい、じゃあ近々考えましょう」

と茶封筒を持って帰る。

あたしはアキちゃんと違って、伊東さんより柴田の方が大嫌い。

「柴田」はあたしが高校生の時に初めて原稿を送ったときからの、あたしの担当さん。

あたしは12年前から物語を書く仕事をしている。

6.

筆記用具にも「年相応」ってやつがあると思う。

保育園や幼稚園ではクレヨンかクーピー。

小学生にあがると自分の「筆箱」を持つようになって、大抵の子は12色や24色の色鉛筆をお道具箱に入れるようになる。

学年が上がるごとに、赤鉛筆がボールペンでもよくなって、鉛筆はHBでも良くなって、中学生になるとシャープペンが主流になる。

そのうち高校や大学に進むとボールペンをシャープペンの代わりに使う派閥も生まれる。

社会に出ると、ボールペンが主になることが多い。

でも、あたしは中学生の時から筆記具をシフトするのをやめてしまった。

シャープペンと消しゴムと、絶対使わないくせに定規を筆箱に入れているのが、一番落ち着くのだ。

ボールペンだと自分の字がぶれて滑って、あんまりつるつると書き上がってしまうので、不安になる。

紙に食い込む鉛の方が、自分の足跡になっていい。

ワープロやパソコンもさんざ薦められたけど、問題外だ。

やつらの字はあたしのじゃないから怖い。

パソコンを使うときは、インターネットで検索するときと、マインスイーパをするときだけ。

そんなわけで、あたしとあきちゃんは文字や絵の落書きを存分にやるものだから、消しくずがあっちこっち波のように打ち寄せる。

最初、消しくずをつまんで灰皿に入れていたけど、ゴムが燃えるときな臭くてたまらない。

何年前からか、あたしの座るテーブルの下には小さな屑籠が置かれるようになった。

伊東さんは文字を書かないので「わからねぇな」と言いながら、店に来るときはもうちゃんと席の脇に用意してくれる。

アキちゃんには少しむつかしい優しさだけど、あたしにはあとからじんわり気付くそれなので、あたしは伊東さんが好きだ。

5.

伊東さんは歩み寄るあたしのハイヒールの音を聞くと、重い腰をあげてやっとエプロンをつけた。

「はい、はい」

少し面倒くさそうに豆をひき、サイホンにかける。

彼が面倒がるから豆たちがおおらかに染み入って、美味しくなるのだと、あたしは思う。

アキちゃんのためのホットミルクは、小さな鍋にかけて作る。

アキちゃんが去年の父の日にプレゼントした、トトロの刻印がかわいい木べらでゆっくりかきまぜてくれる。

席に戻ってしばらくアキちゃんとお喋りをしていると、カウンターから「おう」と声がした。

まったく、客使いの荒い店で、あたしとアキちゃんは出来た飲み物を取りに行く。

最初の一口は、自分で。

二口目は交換して。

アキちゃんが「おーいしーい」とほっぺたを赤くすると、伊東さんが片方の眉をあげた。

三口目を味わうと、あたしたちはお喋りをやめて、おのおの鞄から本だの筆記具などを出しにかかる。

次にお喋りをするのは、伊東さんがケーキを出すとき。

こうして、あたしたちは何時間も何時間もこの喫茶店で過ごす。

アキちゃんのお父さんを待つ、練習だ。