ライオンの歯磨き粉「システマハグキプラスプレミアム」の新CMに足りなかった配慮とは(公式サイトより)

ライオンの歯磨き粉「システマハグキプラスプレミアム」の新CMに足りなかった配慮とは(公式サイトより)

 

 ライオンが9月1日から放送していた歯磨き粉「システマハグキプラスプレミアム」のCMで冒頭に流れる効果音が、「緊急時の警告音に似ている」という指摘が寄せられ、9月3日に放送を中止することを発表した。

 

CMには認知度の向上やブランディングなどの効果が期待されるが、一方で「誰かを不快にさせない・怖がらせない」ことが何より重要だ。

 

過去にも同様の理由から、放送中止あるいは修正を余儀なくされたCMは少なくない。

広告会社出身のネットニュース編集者・中川淳一郎氏が振り返る。

 

* * *
 確かに今回のライオンCMの効果音が災害時の防災無線やJアラートのようにも感じた人もいることでしょう。突然流れるこの音でドキッとし、一瞬避難準備をしようと思ってしまうかもしれないし、過去の災害時の記憶が蘇ってくるかもしれない。

 

CMのタイトルは「忘れてない?」編であり、さすがに「お口のエイジングケアを忘れていませんか?」を呼びかけるCMにこの音はそぐわない。

 

 CMの内容自体は、歯磨き粉の効果を分かりやすく示したものだったため、この騒動はもったいなかったですね。ライオンは指摘された部分を修正し、放送を再開するようなので、その時は「どう変わったのか?」と話題になるでしょう。雨降って地固まる、となればいいですね。

 

出演者のセリフで下ネタを連想?

 今回は音だけの問題だったため、こうした修正が可能ですが、過去には表現・映像を微修正しても流しづらいだろうCMもありました。

 

2017年、サントリーのアルコール飲料「頂」では、出張で訪れた日本の6つの大都市で、美女と向かい合って飲む共通のフォーマットがありました。

 

 その土地の言葉で「お酒飲みながらしゃぶるのがうみゃあ」(名古屋)などと言い、「コックゥ~ん! しちゃった」と女性が笑顔で喋るものです。サントリー公式X(旧Twitter)でも「思わず漏らした #コックゥ~んで #幸せの絶頂へ!?」「あまりのコク刺激に思わず #コックゥ~ん顔!」と、別の行為を連想させるハッシュタグを用いたため批判が寄せられウェブ版は放送中止になったのです。

 

広瀬すずがカメラ目線で「全部、出たと?」のセリフが波紋を呼んだ「一平ちゃん」のCM(プレスリリースより)

広瀬すずがカメラ目線で「全部、出たと?」のセリフが波紋を呼んだ「一平ちゃん」のCM(プレスリリースより)

これに似たようなものでは2015年、明星食品の「一平ちゃん夜店の焼きそば」のケースがあります。海辺で恋人と一緒にいる高校生役の広瀬すずが、付属のマヨネーズ小袋からマヨネーズをチュルチュルと出していく。

 

相手の姿は出てきませんが、広瀬はカメラ目線で「ちゅー」と言いながらマヨネーズを出していき、博多弁で「全部、出たと?」と言う。

 

焼きそばの上にはマヨネーズでLOVE」と書かれている。これも下ネタを連想する人がいて、「好きな人、おると?」にセリフが変わりました。

 

音声の差し替えで済んだものの、以前のバージョンを見ている人からすれば、制作者がネットでの話題を狙って作ったとの印象は残ることでしょう。

広瀬すずがカメラ目線で「全部、出たと?」のセリフが波紋を呼んだ「一平ちゃん」のCM(プレスリリースより)

広瀬すずがカメラ目線で「全部、出たと?」のセリフが波紋を呼んだ「一平ちゃん」のCM(プレスリリースより)

広瀬すずがカメラ目線で「全部、出たと?」のセリフが波紋を呼んだ「一平ちゃん」のCM(プレスリリースより)

広瀬すずがカメラ目線で「全部、出たと?」のセリフが波紋を呼んだ「一平ちゃん」のCM(プレスリリースより)

就活の苦労をリアルに描きすぎて心がえぐられる

東京ガスが一社提供する『食彩の王国』(テレビ朝日系)で流れるCMは、ドラマ仕立てで家族の絆とガスのある暖かい生活を描き、評価は元々高かった。

 

しかし、2014年に放送された「家族の絆-母からのエール編」は、あまりにも就活経験者の心をえぐるものになってしまったのです。

 

 何しろ脚本がよく練られていたため、とにかくリアルでした。2014年の放送当時、大学生の内定率は上昇気運にありましたが、氷河期にあたる人からすればあの辛い思いを再び――といった状況になり、苦悶の叫びが多数ネットに書き込まれました。

 

 就活中の女子学生が「何十回ぶりのお祈りメールだろう」(お祈りメール=不採用報告メール)という言葉が登場。面接帰り、電車向かいに座っている3人の中年男女があたかも圧迫面接をしているかのように感じてしまう。

その人々が「社会は甘くないの」「ご縁がなかったということで」などと厳しい表情で言います。

 

その上で「世界中から否定されている気持ちになった」と心の中で述べる。男子学生からは内定を報告するメッセージが届き、複雑な気持ちになるも、彼女は発奮し、後日最終面接へ。これで内定だ!とばかりにチーズケーキを買って家に帰るも、自宅玄関で「お祈りメール」が届き、彼女は一人公園で落ち込む。

 

そこに母親がやってきて、最後は一緒に夕飯を食べる──という内容です。

母親の菩薩のような優しさも、実に苦しく感じてしまう。

 

鬼がティッシュを投げるCMが「怖い」

2013年に放送されたNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』では、その2年前に起こった東日本大震災をどのように描くかが注目されましたが、被災者や津波の映像がフラッシュバックしないよう、震災の描写は模型を破壊する映像だけに留めました。

 

このような配慮が「自ら選んで視聴している」ドラマにも求められるだけに、受動的に目に入ってくるCMには、さらに慎重な配慮が求められるです。

 

今回のライオンのCMに限らず、放送中止や修正を余儀なくされたCMは、そうした配慮が足りなかった、といえるのではないでしょうか。

 

 あと、恐怖CMもお蔵入りになることがあります。1985年に放送された、ティッシュペーパー「クリネックス」のCMがその一つ。スローな店舗のアンニュイな英語の歌が流れ、背景は赤。

 

松坂慶子と小鬼がティッシュを投げ、空中に舞わせるCMは当時から「恐い」と言われました。背景の赤が血を連想させ、セリフも何もなくただ小鬼が(別バージョンでは松坂が)がティッシュを投げ、松坂は小鬼の顔に自身の顔を近づける。

 

クリネックスが軽く、肌触りが良いことをアピールしたかったのかもしれませんが、そこに鬼が登場したり、背景を赤くしたりする必要があったのか、疑問が沸き上がりました。

 

ピサの斜塔から鉄球を落とすガリレオ・ガリレイのように、松坂とフワフワなヒヨコの着ぐるみを着た少年が2階のベランダからクリネックスを落とし、「宙を舞うこの軽さと最高の肌触り!」などと明るくやっても成立したのでは、とあれから39年経った今、思うのでした。

 

 

【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は『よくも言ってくれたよな』(新潮新書)。