100才まで生きることが珍しくなくなりつつある超高齢社会において、必要なのは健康でいることだけではない。
老後資産があってこそ長生きできる時代に、医療費をいかに抑えるかは重要な問題だ。
国民皆保険を誇る日本で、そのメリットを享受し尽くす知恵を全公開する。
東京都に住むAさん(63才)は長年、夫のいびきに悩まされてきた。
40代や50代の頃はダイエットを考えた料理を作ったり、枕を替えてみたりとあらゆる試行錯誤を重ねたものの改善の兆しは見えず、60才を前に寝室を別にすることを決意。
「それまでもいびきを巡って、何度も言い争いをしていたので、別室になれば夫婦関係も良好になるかなと思ったのですが……結局はますます溝が開いただけ。
これから何十年も老後を共にするのに、会話も減ってしまってパートナーを失ったような気持ちです」
がっかりと肩を落とすAさんと対照的なのは、神奈川県に住むBさん(57才)。
「50代に差しかかった頃から夫のいびきがひどくて。
夜中に何度、首を絞めてやろうかと思ったか(笑い)。
思いきって1年前に病院に行きました。
いまは医療も進んでるし、お金が多少かかっても改善されるなら安いモノだと思って。
診察してもらったら、夫は睡眠時無呼吸症候群だと診断されて治療のための器具などに保険が適用されるというんです。
すぐに治療を開始して、その日のうちにいるかいないかわからないほど静かになりました。いびきなんて病気でもなんでもないと思ってたから、保険がきくとは想像もしていなかったので本当にありがたいです」
知らなければ恩恵を受けられない
AさんとBさんのようなケースは決して珍しくない。
2人の運命を分けたのは、「保険適用」に辿りつけたか否か。節約アドバイザーでファイナンシャルプランナーの丸山晴美さんが言う。
「いびきの治療ではCPAP(シーパップ)という器具が使用されることがあり、睡眠時無呼吸症候群と診断されれば保険適用となります。
“病院にかかるほどではない”“美容医療のような自由診療で、高額な費用がかかるかもしれない”と臆している人ほど、保険適用の“恩恵”を受けられず不調に苦しんでいる。
保険適用で受けられる治療を知っておけば、QOLも上がり経済的に健康寿命を延ばせるのです」
例えば頻尿や夜間頻尿。
日中や夜中に何度もトイレへ行く過活動膀胱の場合、保険適用で治療を受けることができる。
「ボツリヌス毒素を膀胱壁(ぼうこうへき)に直接注射することで膀胱を弛緩させて過活動膀胱の症状を緩和させるボトックスや、内服薬などが対象です。頻尿で仕事に集中できなかったり、夜間に何度も目が覚めてしまって、日中にボーッとしてしまい生活に支障をきたすなら、早めに専門医に相談した方がいいでしょう」(丸山さん)
保険適用で受けられる治療は、大きな病を防ぐための「予防医療」としての役割も果たす。ファイナンシャルプランナーの横川由理さんが解説する。
「巻き爪や歯石除去などは予防医療の代表例です。巻き爪をかばってひざを痛めたり、歯石を放置して虫歯や歯周病になれば、命を脅かす重篤な病気のリスクになる。
病名がつく前の不調に、保険が適用される治療や薬を活用することは結果として、高額な医療費がかさむことも抑えられ、老後資産寿命も延ばします」
美容医療も条件によっては保険適用
自由診療で自費になることが多い美容医療だが、条件によっては保険適用となるケースも少なくない。
「加齢とともに目立つようになるまぶたのたるみをとる眼瞼下垂(がんかかすい)も、症状が重く視野が狭くなり生活に支障が出ると診察されれば治療は保険適用になります。
シミやくすみ、やけどや日焼けの痕も種類や状態によっては該当します」(丸山さん・以下同)
近年では治療だけではなく、医療の進化にともなう新薬も保険適用に。
今年2月には“禁断のダイエット”として賛否を巻き起こしている糖尿病治療薬と同成分を持つ「ウゴービ」が肥満治療薬として発売された。BMIが27以上かつ2つ以上の肥満に関連する健康障害を持つなどの要件を満たすことで保険が適用される。
また昨年、国内初の認知症治療薬として発売された「レカネマブ」も保険適用薬だ。
「女性が悩みがちな便秘についても、慢性的な場合は市販の便秘薬を薬局で買うのではなく便秘外来を受診すれば、保険で治せます」
横川さんは、近年患者が増えている病気についてもこうアドバイスする。
「アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症治療にも保険がききます。
集団治療プログラムを中心とした医療機関での治療が受診できるのです」
「どこで受診するか」も重要だ。
「美容外科と形成外科は混同されがちです。ほくろの除去や、やけどの痕やシミを薄くする治療について美容医療と思って最初から美容クリニックに行ってしまうと、自由診療での治療をすすめられてしまうケースもあります。
まずは皮膚科や形成外科など専門医を受診し、保険適用でできる治療がないか相談してみて」(丸山さん)
忘れず利用したい高額療養費制度
医療費がお得になる制度はまだある。
「認知症治療薬は薬価が年間数百万円と保険が適用されても支払う金額は安くない。
その際に併せて利用したいのが、1か月でかかった医療費が自己負担限度額を超えた場合に差額が払い戻される高額療養費制度です。
例えば100万円の医療費がかかった場合、いったんは3割負担の30万円を払い、後日健康保険に高額療養費を請求することで自己負担(70才未満で年収500万円の場合、約9万円)との差額が還付されます。
年間医療費が10万円を超えた場合には確定申告で医療費控除の申請をすると節税になります。通院に使った交通費なども合算できるので、大きな手術や治療を受ける場合には領収書を保管しておきましょう」(横川さん・以下同)
控除の対象になるのは、医療費だけではない。
「薬局で買った薬の合計が年間で1万2000円を超えれば医療費控除の特例として税金が還付されるセルフメディケーション税制があります。
あまり病院には行かないけれども、定期的に服薬している薬がある人は計算してみてください。
加入している健康保険によっては付加給付という制度があります。
これは大企業の健康保険組合や公務員など、高額療養費による払い戻し(高額療養費制度)に上乗せしてさらに付加給付を行う仕組みです。
ある大手メーカーは自己負担限度額を2万円に設定していて、医療費がたとえ100万円かかっても支払う額は2万円だけでいいというすごい制度です」
健康保険料の支払いでは、妊産婦について制度が手厚くなっていると言うのは丸山さんだ。
「今年1月から、国民健康保険料の産前産後免除制度がスタートしました。
加入している妊産婦の産前産後4か月(多胎児は6か月)分の保険料が免除になる。
原則として届け出が必要なので、知らなければみすみす損してしまうことになります」
知らぬが仏とはよく聞く言葉だが、医療費に限っては“知らぬは地獄”。知っている人しか得できない。
※女性セブン2024年5月30日号