4月16日、昼に姉からの連絡を受けて、飛行機の予約。
今回は千葉に居たので、成田→那覇便。
格安チケットサイトでは翌日の便は取れなかったので、ピーチのサイトから。
2万円超えだ。
■予約日時
2026/04/16 (木) 15:38
■お支払い金額(税込)
合計¥23,280
■搭乗便
【往路 | MM507】- スタンダード(KSD)
├ 東京(成田) 第1ターミナル
├ 2026/04/17 (金) 14:30
| ↓
├ 沖縄(那覇)
└ 2026/04/17 (金) 17:40
17日はカピーナ号で千葉、それから成田空港へ。
早め早めで行ったら、空港で時間が余ってしまったので、不謹慎ついでにいっぱい🍺。
いつもビールで晩酌していた父に思いを馳せて献杯だ。

空港からゆいレールで葬儀場へ向かう。
焼き場待ちでこちらで三泊。
たぶん前の晩は姉が泊まったのかな?
その後2泊は姉と二人で泊まりました。
最後の1泊は私ひとりで。
化けてでも出てきて欲しかったが、出てこなかった。
黄疸で、まっ黄色な顔になってたのを化粧でだいぶ隠したらしい、父の死顔。
最後の治療をするのに口に器具を入れようとするも、頑として口を開けずに治療出来なかったらしい。
父の矜持を感じる。
そして最後の1週間、「もうダメ」というのを何度も持ち直し、死の瞬間を兄や姉にも見せずに旅立ったとか。
最後の最後まで、一貫して私の知ってる父でした。

葬儀までの3日間、姉は朝家に帰って、うちのことして、昼に戻ってくる、兄は夜家に帰って朝来て、事務処理をしながら、お焼香に来てくれたお客さんに父の最後の話しを(何回も同じ話し)する。
私は1日中、ただただ座っていただけでした。
親戚の人たちに「帰ってきたの?元気ね?」と、言われるだけのために座ってる感じ😅
父のエンディングファイルを見ながら、改めて、父の偉大さを知る。
ま。このファイルの存在は生前から知ってたけど。
家系図だとか見たら「おお。我が家のファミリーヒストリーだ〜」と、ちょっと感慨深い。

懐かしい顔もちらほら。

告別式の後は焼き場→お墓へ。
この一連の流れを経験するのは初めて。
お墓は父の兄弟、母の兄弟で買ったという共同墓。
墓守の子孫が居なくなったら、永代供養にしてくださいというふうになってるらしい。
私は燃えるゴミに出してくれて良いんだけどね。



その夜から2泊は那覇のドミトリー宿で。訳あり物件で2泊で4400円という破格。その訳は「騒音」なんだそうで、私の場合、補聴器外せば天然耳栓なのでね。
ってこの話したら、姉と兄が大ウケしてた😁
夜は友達と呑みに行ってきた。


翌日。
もう何も覚えていない母だけど、たぶん生きた母に会える最後のチャンスなので、母に会いに施設へ行ってきた。
母を大好きだった従兄弟のお姉さんたちと一緒に。

ほぼ無表情で、私とは視線も合わせてはくれなかったケド、たぶんそれで良いんだと、静かな気持ちでした。
ヘタに思い出しちゃったら、「帰るの?」と、さみしい思いをさせてしまうから。
従兄弟たちは「それなら、ずっと沖縄にいればいいさ〜」というけれど、私は私の生き方を変えられないからね。
帰りにランチをごちそうになりました。

最後の夜は姉夫婦と、私の友達を交えて呑みに。
強そうで弱い姉のコト、お願いしてきました。
そして最終日。
お昼の便だったので、午前中に姉と待ち合わせてコーヒー飲んで。
兄から「葬儀費用」として、少しカンパしてもらえた。
飛行機代、高かったからね。
ありがたく頂戴しました。
父が色々困らないように用意してくれていたようです。
最後の最後まで、ありがとう。
早目に空港へ行き、オリオンビールとスパムおにぎりで早めのランチ。

帰りもピーチだったと思い込んでて、あたふたしましたが、なんとか無事に帰りました。
●ご搭乗便
路線1:04月22日(水)
便 名:GK332
発着空港:沖縄/那覇 - 東京/成田
発着時間:12:15 - 14:55
座席クラス:普通席
受託手荷物:
なし
機内手荷物:
0円
運賃種別:
大人:Starter(変更可/有料)
金 額:
大人:15,660円×1
千葉でカピーナ号への乗り継ぎの合間にバーミアンで夕飯。

乗ろうと思っていたバスを逃してしまい、1時間待って乗ったバスでは爆睡して乗り過ごしてしまい、終点から30分ほど歩く羽目になりました。
何もしてないのにくたくたになった帰省でした。
