秋の空は何故か無償に好きだ。
気まぐれでいて、大地を包み込んでくれるような
・凛とした青空
・気の向くままに吹く風
・いたずらな雨
生きるっていいな と前向きな気持ちにさせてくれる大好きな四季折々の1つのシーン。
そんな秋の空は無邪気にきまぐれに移り変わる。
そして時代も同じようにだ。
しかし人は天気には振り回されなくても、時代という波に振り回される。
今なら情報という波かな。
明るい未来という名の光が差し込んでこようとも、
すぐに膨大に積み上げられた情報と知識が目の前に立ちこめ、
方向感覚を喪失させる。
だからこそ、
僕たちは何気ない日常からエネルギーを自ら吸収し、前に進んでいくしかないと思う。
植物でいうと光合成のようなものだ。
太陽の光に近づくために 右へ左へ
太陽になるだけ近づくために、上へ、さらに上へ。
ヒトと植物との違いはひとつ
考えることができること
持って生まれた最強の武器
そのためには、人間の、いや、生きとし生ける生物の一員として、
目まぐるしく変わる日常の中で、本質をすくい上げることのできる感性を養っていかなければいけないと思った。
その感性を研ぎ澄ませるためには、、、
自由という言葉と向き合っていかなければいけないんだろうな。と昔からよく考える。
この成熟しきった時代だからこそ、自由という言葉が重く感じるのだろうか。
”自由”
僕はこの言葉が大好きだ。
だって人生は、タイムマシーンで戻ることも、モノを買うように誰かと交換することも出来ない、
一回きりのものだと思っているから。
勝手な考え方だが、
その一回の人生を精一杯楽しむために、
自由というフィールドの上で、心の中にあるコンパスを頼りに試合終了の合図が鳴り響くまで踊り続ける必要があると思っている。
そして、自由から逃げずに生きたものこそ、漠然とした言い方にはなるが、豊かな人生を育むことができるということも。
まぁ、豊かな人生っていったい!?っていわれると、わかりゃせん。
それも含めて、生きるという意味に対しての答えのない答えを見つけることが、僕自身の幸せな生き方に繋がるんだと思う。
それもこれも大前提として、自由が約束されていない限り不可能なのだが。。。
自由、自由たくさん書いたが、自由という言葉には、2つの意味があるらしい。(Wikipedia参照)
初めて知った。好きな言葉なのに。。。笑
①freedom と ②liberty だそうだ。
①は古英語の frēo に由来し、束縛や拘束がなく義務を免除された状態
→自由の消極的側面 (しなくてよい)が強調される。
②はラテン語の libertas が語源であり、選択や行動・発言の権利が保障された状態、
→積極的側面(してよろしい)に比重が置かれる。
こう2つ並べると 、
やはり深い
こいつは、素晴らしいが時として、残酷だ。
どちらの意味を持ってしても、自由なフィールドが目の前に広がっている限り、
強い意志で選択しないと彷徨うだけだから。
答えのない世の中に住んでいるってむずかしいよね。
彷徨うと中々もどってこれないよね。
でも、自分でこれだと思って選択して前に進んでるときはなんら、彷徨っている時と同じ感じなのかもしれない。
でもでも、
束縛や拘束がなく義務を免除された状態なんだから、
なんでもできるんだよ。
可能性は無限大。
後は自分の決断を信じるだけ。
そう、自分を理解して信じてあげるだけ。
選択や行動・発言の権利が保障されているから、
なんでもできるよ。
可能性は無限大。
後は自分の行動に責任を持つだけ。
そう、自分を理解して信じてあげるだけ。
自由というフィールドを楽しく渡り歩く方程式
(決断力+行動力+責任)
(自分を信じること)× ーーーーーーーーーーーー ×(自分を信じ抜くこと)=∞
外的マイナス要因
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決断→行動することが全ての始まり。
まず、自分に自信を持て。
それから、自分の選択に責任を持て。
そして、選択をした自分を信じろ。
後は、自分でその選択した答えがハナマルな答えになるように死ぬ気で頑張ることだと思う。
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ただ、自由というフィールドをあらすやつがいる。
自由なフィールドに、もし束縛や拘束という敵が侵入してきたら、
排除してやればいい、もしくは仲良くすればいい。
ピンと思い浮かんだのは、カネと時間か!!
カネ
ヒトが生きていきやすいように作った合理的なもの。
時間
ある意味逃れられない唯一無二の存在かも。
お金・時間、こいつらに追いかけられて生きるのは、ばからしい。
せっかく自由というフィールドが約束されているのだから、
追われる前に支配してやろう。
これに関しては、新たな公式を探さないと!!
とりあえずは感情のコントロールからかな!?
失敗するときは絶対といっていいほど、感情が絡むものだから。
当たり前のことだけどたくさん考えてたどり着いた僕の答え。
自由というフィールドに挑む公式はまだ途中式かもしれないが、おぼろげに見えてきた。
さて、
自由というフィールドに
タケヒコという物質の公式を求める旅に出かけようと思う。
多分、今日がその記念すべき1日になることを信じて。
そしてついでに何回も文章を書くことで、文章力を身につけよう。
秋の空は何故か好きだ。
何故なのか、
書いていくうちにわかった気がした。
凛として前を進みたい
気の向くままに歩みたい
いたずらな遊び心を磨きたい
だって、
気まぐれでいて、大地を包み込んでくれるような人でいたいから。
そんな秋の空と大好きな自分に乾杯♪