いきなりだけど、病気になった原因を書いてみようと思う。
今なら文字にできる気がする。




まず始まりは小学校3年生くらいのとき。

お母さんとふたりで留守番してるときに、お母さんが「これ切れるかなぁ?」ってカッターを腕に当てようとしながら聞いてきた。

お母さんがなんかおかしいって思ってすぐお父さんに電話。すぐに帰って来てくれた。

私は自分の部屋のベッドで泣いてたら、お父さんに怒られたお母さんが来て、「ごめんね、もうしないから。」と。


しばらく経ってそれがリストカットっていうものだって知った。

そこから数日後にはお母さんの部屋で血のついたティッシュをみつける。その後も何回もみつける。

たまに手首に絆創膏を貼ってる。



クラスメイトがふざけてリスカの話をしているのを聞くとお母さんのことを思い出して苦しくなるから逃げるようになった。



何でお母さんはそんなことをするのかな?どんな気持ちでしてるのかな?って思って、無意識にハサミの刃を手首に当ててたこともあった。
痛くてすぐに我に帰ったら、うっすらと傷跡。血すら出てないのに心が苦しくて痛かった。
カッターで思いっきり切る勇気は出なかった。

かさぶたが消えるのが、傷跡が消えるのが、お母さんのことをわかってあげられなかったみたいで悲しかった。




お母さんにも色々大変なことがあったみたいだけど、その中の一つは私が難病指定されたこと。

結局大丈夫だったけど、高校生になるまで毎年MRI検査を受けてた。
お母さんには「あなたのせいでしんどくなったんだよ」って言われてた。多分悪気はなくて、そのくらい私を心配したんだよって意味だと思うけど複雑な気分。


高校生になるくらいの頃から家を飛び出して自殺未遂をするようになった。
必死で追いかけてトンネルの上から飛び降りようとするのを止めたり、怖いからひとりにはできなくて、何十分も何時間も必死で後を着いて行った。警察に捜索願いでお世話になることもあった。


辛かったーーー。笑





私の今の病名は、反復性うつ病。
その名の通り、反復的にうつになったり治ったりを繰り返すうつ病。

高校生の頃くらいからうつ症状は出てたみたい。全力で高校生活楽しんでたから気がつかなかった。笑


でも確かに思い返してみたら、高校生の頃も意味わからないけど急に涙が出て止まらなくなるからばれないように保健室に逃げたり、何があったわけでもなく自分の部屋で何時間も泣いたり、大学時代は精神の授業が辛くて、こっそり講義抜け出してたりしてた。笑

思春期だからやと思ってた←




先生とも話をしてたら、これが根本的な原因だと思う。
また働けなくなって通院することになったきっかけもまとめて整理してみようかな。