ぴぴ王子学府 -3ページ目

今日はあったかい札幌♪

 昨日も忙しくてついついブログをさぼってしまいました。
 今日は夜書けるかな?

 ああ忙しい忙しい・・・

$ぴぴ王子学府

原発の補償問題、国民一致団結で背負いましょう

原子力発電などという、そもそも恐ろしい諸刃の剣どころか手裏剣のようなものに手を出させたのは、なにも東京電力の独断でもなんでもなく、寧ろ国としての電力事業の推進の大黒柱として積極的に行ってきたことであり、東電だけが悪いという話には絶対ならない。

なんでみんなしてあんなに東電に辛くあたるのかぼくは理解に苦しむ。
確かに初動の判断ミスは酷かったが、だから全部負いなさいってことにはならないだろう。

そもそもは天災によるものだってことなんだよ。

そのあとの対応の悪さは人災じゃねえかと責めるむきもあるが、発端は天災だっていうことは無視できないだろう。あれだけのことが起きて、完璧な対応ができなかったことをコテンパンにあとになって「ああすりゃ良かったじゃん」と責めてもなにも生まれない。

単なる無慈悲で容赦ない吊るし上げに過ぎないだろう。

国民全員が基本的に原発に容認し、テレビでは寧ろ「CO2の排出が少ないクリーンなエネルギー」などとブラックジョークのようなCMすら流されていたことにさしたる違和感も持たず、3.11震災が無ければ今この瞬間誰一人原発については疑問に思わないままだったろうに、今や一斉に東電叩きに走ることの異常さの方がぼくは気になる。

ぼくを知る人は、ぼくが3.11以前、かねてより原発はだめだと文句を垂れていたことが記憶に新しいだろう。
まあ、ネット上でブータレただけでなにもしてないけど(^^;

そんなぼくの意見に対して、「原発は危険かもしれないけど、代替策がないからしょうがないだろう」というのが、ぼくの友人たちの反応だったことも覚えている。

その際も、電力会社が悪いという意味ではなく、あくまでも国策としてどんどん原発事業を推進する国家に対して疑問を感じたし、CO2の排出が少ないからクリーンだと半ば信じようとしていた国民のメンタリティに違和感を覚えていたという話をしたんだよね。

電力事業は国策としてのものであり、国家の推進という後ろ盾と許認可があってのこと。
あんな恐ろしい電力事業の片棒を担いだのは国家だし、国家とは他ならない我々一人一人が構成しているものだ。

東電の役員の報酬が半分になって、それでも生ぬるいとか怒っても仕方ない。

今までも、そして今も直接関節含めて原子力発電による電力の恩恵を被ってきた国民としては、一緒になって背負って解決しようという心構えが必要だ。

誰かに責任をなすりつけてわいわい責め立てるという江戸時代の農民みたいなことはいい加減辞めようぜ。

我輩はもうやめた\(;;`益´)/

 このブログを始めたとき以来、『我輩』を自称してきた。

 世の中で最も滑稽なのは尊大な人、偉そうな人の様子なんだよね。
 だから、偉そうだったり気取ったりしている滑稽な人のパロディ的ニュアンスで、「我輩は」といってきた。

 しかし、ぼくが本当に傲慢で偉そうな人格故に『我輩』といっているのだと思い込んでいる人達がいたらしく、色々とメンドクサイことがあったので、もうやめることにしました。
 
 それで、他のネット上での展開同様、ぼくは・・・ということにした。

 たいしたことないくせに「我輩は」などと自称するという、その滑稽さを理解せず、「なんて偉そうなんだ\(;;`益´)/」と本気で怒るなんて、正直大笑いなんだけどね。

 世の中をつまんないものにしてしまうのはユーモアのセンスの無い人なんだな。

 しかつめらしく道徳とか権利と義務とかについて滔々と説く人に魅力が感じられないのは何故か?

 愛と名誉と笑い・・・人生の素晴らしさの大抵はこの三つに集約されるからだ。

 それらをたしなまず、ただ固いことばっかり言っててアホかと思う残念な人がけっこう多い。

 ぼくは今後もこんな感じで生きてゆき、変な爺さんになります。