私は仕事柄、かなり多くお看取りをしてきました。

そういう方が多い診療科なので。

死への経過も多く見てきました。新人の頃こそ、看取りが近そうだとドキドキしたりしていましたが、いまはモニターを見つめて冷静そのものです。




医療従事者は死に慣れてはいけないと思いますが、実際は慣れていかないと自分の心がつらいと思います。

引き摺られ過ぎても心がもたない。。

それも、難しいところです。




昔は家で生まれて、家で死ぬのが普通だったと思います。でも、今は病院で生まれて病院で死ぬことが多い…生も死もどちらも遠ざけられていますね。。




確かにこの仕事に就くまで、死は忌むべきものであり、遠ざけるべきもの、怖い、という固定観念が自分の中に出来上がり、それが中々離れてくれませんでした。

でも、今は生も死も流動的なごく自然なものとして感じています。人は産まれたら、誰もが死に向かって歩いていきます。




この仕事に就く前、身近な大切な人が亡くなりました。その人が徐々に病魔に体を蝕まれていく様子を見ていていました。私はそれまで遠ざけていた死というものを鼻先に突きつけられ、なんとか振り払いたいと思いました。




でも、その行動は意味も無かったと、私は思ってしまいました。周りの人はそんなことないと言ってくれましたが、余計に苦しませてしまったと思っています。




それは私に知識が無かったから、だからだ!と思ったから、医療の場で誰よりも患者さんに接する機会の多い看護師になろうと思って…

もうそれも随分昔の話ですが。。




私は日本で多くの人がイメージする占いなどのスピリチュアルは信じていません。当たったためしないし。

でも、本来の意味である、霊的なもの、心、魂といったもののケアは非常に大切だと思っています。でも、これが一番難しい。本当に。




いつか、私が死んだ後に、できたらその人に会えるといいなと思います。あれからのこと、色々話せるともっと嬉しい。

そう思えば、死へ向かっていることへの恐怖も、少し薄れる気がするのです。