幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)/光文社

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 皆さんこんばんは。
最近XBOXがほしいと思っている管理人です。XBOXでやりたいソフトが二つほどありまして、ほしいと思っているのですが、XBOX360はもう生産終了らしいですね。生産終了しているのに今から買うのもなぁと逡巡しています。

 さて、本日の本はクラーク『幼年期の終わり』です。
これ米国で映画化するっていううわさを聞いたので、ミーハー心から早速読みました。(詳しくはこちら)監督がなんとね!あの大人気シリーズ『シャーロック』を撮影した方らしいのですよ。いやがうえにも期待が高まるというものです。今までもキューブリックによって映画化されかけたらしいのですが、実現はされていなかったようです。

 物語は三部構成。第一部では地球の上空に古典的な円盤がいくつも飛来するところから始まります。私が読んだのは作者が手を入れた新訳版なので舞台は2000年過ぎくらい。ちょうど我々が生きている時代です。飛来した円盤は地球上のすべてのいさかいを止めるためにやってきたようで、南アの差別問題や核戦争などをことごとく無効化する圧倒的な知識と技術力を保持していました。
 いつしか円盤に乗った者たちの名前はオーヴァーロードと呼ばれるようになりました。しかし、依然として彼らの正体や地球にやってきた目的は分かりませんでした。そこで、彼らと唯一コンタクトを取ることを許された人間・国連事務次長のストルムグレンは一計を案じ、カレランという名前のついたオーヴァーロードの姿の撮影を試みます。
 しかし、オーヴァーロードは人間なんかよりも一枚も二枚も上手でした。カレランはストルムグレンに別れを告げ、ストルムグレンはそのときの状況を二度と語ろうとはしませんでした。

 ここまでが第一部です!いったいオーヴァーロードは何のために地球にやってきたのか?その正体はいったいなんのか?
 そして、人間はいったい何のために生きているのか?人間にはどんな未来が待っているのかという永遠普遍のテーマを、人間への愛情をこめてクラークが書き上げています。SFオールタイムベストに常に入っているこちらの作品、是非一度お手にとって見てください。

 以下ネタばれ

 さて、第二部ではオーヴァーロードの正体が明らかになります。それは人間たちが遠い昔から恐れを抱いていた悪魔そのものの形をしていました。彼らの介入によって世界は平和になりました。しかし、そこには自由がないと地球を飛び出していったジャンという少年が居ました。ジャンはオーヴァーロードたちの船で彼らの母星に密航しようとしましたが、あっけなく発見されてしまいます。
 そんな状況を鑑みて、カレランは地球で記者会見を開きます。その口から発せられたのは謎に満ちた言葉でした。曰く、「きみたちが太陽系の惑星を支配する日はいつかくるだろう。だが、人類が宇宙を制する日は来ない」

 それから時は経ち、いよいよ人類に変化のときが訪れました。ジョージとジーンという何の変哲もない夫婦の下にブレイクスルーの基点となる子供が生まれました。その子ジェフリーは夢という形を通して、遠い宇宙の光景を見聞きし、人間には認識できない世界を認識している風でした。そこからは次々とそのような子供たちが生まれ、かれらはまるでひとつの細胞のように寡黙で動かず、一つの集合体とも言うべき存在へと変貌と遂げました。
 それはもはや人間ではなく、オーヴァーロードのさらに上の存在・オーヴァーマインドによって覚醒させられた新たな種でありました。残された古い時代の人間たちは自分の子供たちに不安と希望を抱き、死んでゆくしかありませんでした。

 ここの描写がね、もうたまらんですよ。
『はるか地中の岩の間で、ウラニウムのかけらが、決して叶うことのない融合を目指して猛烈な勢いで集合を始めた。
 そして島は、起ち上がって夜明けを迎えた。(光文社古典新訳文庫より)』
ってあるのですが、これは広島型の原子爆弾のようにウランを一箇所に集めて核分裂を始めさせたということなんでしょうか。それともウランを使って核融合をはじめさせたということなんでしょうか。でも、どのみちウランは分裂を続けてしまって二度と融合することはないわけですよね。決してお互いを認識することができなかった旧人間と新人間のように。

 そうして旧人間が姿を消した地球の終末に、第二章で宇宙にいっていたジャンが帰ってきます。彼が見た最後の地球は、新人間のエネルギーとして跡形もなく吸収されて島しまいました。人間よりも数段上の技術力を持ちながら、滅びのときを待つしかなかったオーヴァーロードのカレランは哀しみを持ってそれを見つめていました。

 人はなんで生きるのか?平和とは何なのか?のクラークなりの全力の答えがこの作品だったのだと思います。私たちは未来の記憶を人類全体で共有しているというアイデアはすばらしいと思いました。私は個人としての自分と、人類としての自分を持っているんですね。私が生きている間に人類が飛躍的に成長するとは思えないのですが、そうでなくても自分は後の世代に何かを残すことしかできないんですよね。もう子供を生み、育てるべき年齢になってしまった自分は、オーヴァーロードの人間への愛情や嫉妬、哀しみが少しだけ理解できるような気がしました。